大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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金襴の池

刑部城址の近くにある金襴の池の案内板。

刑部城に伝わる話です。


金襴の池

昔、この辺りに美しい金襴の蛇が住む大池がありました。
今から400年余の昔、この近くに刑部城という小城があり、城主は城兵を擁して守っていました。
その頃、浜松城に移って来た徳川家康は、その勢力を伸ばそうと戦いを繰り広げ、ついに家康公の配下が多くの兵を率いてこの城に攻め込んできました。その勢いはもの凄く、ひとたまりもなく敗れてしまいました。
その時、刑部城主には一人の美しい姫がおりましたが、姫は敵兵にかかって恥をさらすのを嫌い、この池に入って金襴の蛇に姿を変え、池に住んでいるというお話です。
また、この池には一つ目小僧がいて時々日向ぼっこをしに姿を現したとか。これが世に言う河童だったのでしょうか。あるいは、姫の家来が姿を変え、姫に仕えていたのでしょうか。今はこの金襴の池は埋め立てられ現在は残っていません。
 (案内板より)     

IMG_7906 金襴の池

IMG_7907 金襴の池

IMG_7905 金襴の池

当時の池の面影がないのは残念ですね。

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刑部城址

刑部城は、三方を都田川に囲まれた要害の地に今川方により築かれた新田美作入道の居城でした。

1568年(永禄11年)井伊谷三人衆の近藤康用・菅沼忠久・鈴木重時らの案内により侵攻した徳川軍の侵攻により庵原庄太郎忠良・長谷川次郎右衛門秀匡・内山一党の守る刑部城を落城。その後は菅沼又左衛門が城主として入城しました。

1572年(元亀3年)12月、「三方原の合戦」に勝利した武田信玄は、祝田から刑部城に進軍。
現在の浜松市北区細江町の都田川の南側に陣を布き、越年しました。
それは、刑部城跡周辺から南東に1キロほどのところにある陣座ヶ谷古墳にかけての一帯や、祝田の地で飲み水を確保できたからであったといいます。
この間に、朝倉義景の使者に会い、勝利の祝福を受けたり、本願寺や浅井長政、松永久秀らに書状を送り、勝利を吹聴したそうです。

城址には曲輪、堀切、土塁、井戸跡などの遺構が残っており、二の丸跡には金山神社が建っています。


刑部城址
阿王山紫城とも呼ばれるこの城は、三方を都田川で囲まれた要害の地に築かれました。戦国時代の永禄11(1568)12月、この地の人々がここに城柵を築いて立てこもり、徳川家康の軍と戦い敗れました。
現在、県道の北側に位置する城址には、当時の犬走りや井戸が残っています。
姫街道の位置は、現在と異なり、この城の東側をとおって、落合川の渡し場へ通じていました。 (細江町教育委員会)

IMG_7908 刑部城

IMG_7909 刑部城

館跡
IMG_7918 館跡

館跡に金山神社の鳥居がたっています。

金山神社
IMG_7911 刑部城

急な階段をのぼって社殿へ

IMG_7912 刑部城

IMG_7913 刑部城

神社の境内が二ノ郭址です。

IMG_7916 二ノ郭

IMG_7914 刑部城

役行者像
IMG_7915 刑部城

堀切
IMG_7920 堀切

IMG_7921 刑部城

この先竹薮が続いており、薄暗く道がわかりにくいので、入り口で退却しました(..;)

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家康が敗走した浜松城の玄黙口

浜松城の出入口の一つに玄黙口(げんもくぐち)があったことから、徳川家康の時代には玄黙と呼ばれており、現在の元目町の町名の由来になっています。

IMG_0484  玄黙口

ここは浜松城の東北隅に位置にあたり、かつて玄黙寺がありました。

IMG_0483 玄黙口

三方原の合戦で敗れた家康が、玄黙口から逃げ帰ったと伝わっています。

IMG_0486  玄黙口

奥に見えるのが、ホテルコンコルド浜松です。
この案内板の位置は、ちょうど元城東照宮の裏手になります。

家康は恐怖のあまり、馬上で脱糞しながら浜松城に逃げ帰り、自らの情けない姿を絵師に描かせ、生涯の戒めとしたといいます。

この絵を「しかみ像」といいます。

浜松市博物館で展示されているしかみ像
IMG_4364 しかみ像


以下、犀ヶ崖資料館に展示されている三方原の合戦のジオラマと解説です。

IMG_7840 犀ヶ崖資料館

IMG_7847 三方原の戦い

IMG_7844 出撃

IMG_7845 出撃

IMG_7849 敗走

この解説の中にも「玄黙口」が出てきていますね。

IMG_7848 敗走

IMG_7850 反撃

IMG_7851 反撃

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