大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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家康ゆかりの小豆餅と銭取り

浜松には、徳川家康武田信玄との三方原合戦ゆかりのお菓子があります。

IMG_6460 小豆餅

イラストが面白いでしょう?

IMG_6461 小豆餅

御菓子司「あおい」の小豆餅銭取です。

「あおい」の小豆餅と銭取の由来によると

「三方原合戦の折り、空腹に耐えかねた家康は道端の茶店に飛び込み、老婆が売っていた小豆餅をほおばりました。
その時、後方に敵兵の気配を感じ、家康は銭も払わず逃げ出しました。
何も知らない老婆は、「お侍さ~ん。銭を下され~銭を!」と二キロ余り追いかけ、とうとう家康から銭を取ったとのことです。
この時、餅を食べたところを「小豆餅」銭を取ったところを「銭取」という地名になったと言われ、浜松の一角に小豆餅、銭取として遠州バスの上り、下りのバス停として残っています。」

Wikipediaによると

「徳川家康が三方ヶ原の戦いで武田信玄の軍に敗れた際、敗走の途中でこの近辺の茶屋で小豆餅を食べたことする伝説に由来する。
このエピソードにはさらに続きがある。家康が小豆餅を食べている時に武田軍が追ってきたため、家康は代金を払わずに馬に乗って逃げた。しかし茶屋の老婆が走って家康を追いかけ、やっと追いついて家康に代金を支払わせた。この老婆が家康に追いついたところが「銭取」という地名として残った。現在は町名としては存在せず、遠州鉄道の路線バスのバス停(気賀三ヶ日線ほか40番台系統。行政地名としては中区和合町)として残っているのみである。
この逸話は後世の創作で、実際には三方ヶ原の戦いでの死者を弔うためこの地に餅を備える習慣が続いたことが地名の由来である。『浜松風土記』には慶長年間のこととして、浜松城主堀尾忠氏の弟高階晴久が三方ヶ原に立ち寄り茶店で小豆餅を食べたところ、次々と奇怪な出来事が起こったので慌てて店を飛び出し、町まで逃げ帰った。翌日、晴久は多数の供をつれて昨日の場所に行くと、うら寂しい大野原に三方ヶ原の戦いの戦死者の白骨が散乱していたので、掻き集めて焚いて埋め、小豆餅を供えて大念仏で法事を営んだことが由来であるとの記述がある。また同様に、銭取はこの辺りに山賊がよく現れたことに由来する(山賊に銭を取られるため)。三方ヶ原の戦いがあった時期、三方原台地に民家まして茶屋などは存在しなかったが、当時の家康の必死の逃亡をよく表現した伝説として、長く地元の人々に親しまれてきた。」

小豆餅という地名がいろんなところに残っています。

小豆餅公民館
IMG_6462 小豆餅公民館

小豆餅神社
IMG_6466 小豆餅神社

IMG_6467 小豆餅神社

IMG_6465 小豆餅

IMG_6464 小豆餅

続いて銭取です。

IMG_6458 銭取

遠鉄バスのバス停
IMG_6457 銭取


久しぶりに小豆餅と銭取を買ってみました。

小豆餅は黒砂糖やもろこしが入った餅生地で北海道産の大粒小豆の餡を包み、きなこをまぶした大福

IMG_4344 B

銭取は小判型の和風マドレーヌ

IMG_6558 銭取

家康になった気分で食べてみました。
どちらも程よい甘さで、ついつい二つ目に手を伸ばしてしまいそうです

御菓子司 あおい
http://www.aoikasi.jp/

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麦飯長者・小野田五良兵衛の墓

浜松市南区高塚にある護法山地蔵院は明徳元年(1390)に元道円密和尚により創建されました。

IMG_9497 地蔵院

以前、築山御前の腹籠り地蔵が祀られているという記事を書きました。

IMG_9488 地蔵院

元道円密和尚は、後醍醐天皇の子 宗良親王と共に遠州に入った公家出身の武士であり、親王が元中二年(1385)に亡くなると出家して当地高塚に庵を結んだとされています。

本堂
IMG_9490 地蔵院

約250年前に建立されました当時は茅葺きでしたが大正時代に瓦に葺き替えられたそうです。

ご本尊は延命地蔵菩薩


この地蔵院の墓所に麦飯長者・小野田五良兵衛の墓があります。

小野田家墓所
IMG_9495 小野田家の墓

江戸時代、東海道を往来する旅人達に麦飯を振る舞ったことから、「麦飯長者」と呼ばれた小野田五良兵衛家の墓所です。

位牌堂には築山御前ゆかりの腹籠り地蔵も祀られています。

こちらの案内板にも小野田五良兵衛のことが書かれています。

IMG_9487 地蔵院 1

築山御前腹篭地蔵尊

徳川家康夫人築山御前は、天正7年(1579)富塚村小藪(現・浜松医療センター前)で織田信長の命令で殺害された。
その夫人が守り本尊として肌身離さず持っていた秘仏だと云われて居ります。
宝暦8年(1758)小野田五郎兵衛久繁(麦飯長者)がこれを堀江城主大沢右京大夫よりもらい受けお堂を建てて安置したとあります。
寺ではこれを「安産」のお守りとして「お札」を大正時代までわけていたということです。

江戸時代、宝暦八年(1758)には白隠禅師が百日余り当地に逗留されています。

IMG_9487 地蔵院 2

白隠禅師と八重葎附四娘孝記

宝暦8年(1758)駿河の白隠禅師が桑名(三重県)よりの帰途病を得て、百日も地蔵院に逗留した。
時に久繁早く父母と相次いで失った孫娘四人の仮名書き法華経を白隠禅師に見せたところ禅師はいたく感激八重葎上巻に附して四娘孝記を草稿し久繁の喜捨により版行して広く世間にひろめたとあります。
父母の死を嘆いて法華経八巻二部を書写した孫娘四人の名前はおさき14才おやす12才おかの8才おその6才で1755年から1757年の3年かかって完了し一部を小野田家一部を地蔵院に納めたということです。

大師堂
IMG_9493 地蔵院

浜名湖岸八十八カ所霊場の五十五番札所 遠江四十九薬師霊場の十五番札所

弘法大師・薬師如来・半僧坊が祀られています。

六地蔵
IMG_9491 六地蔵

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麦飯長者・小野田五郎兵衛ゆかりの高塚熊野神社

JR髙塚駅前に、紀州熊野本宮の神主が諸国行脚の途中、この地に祭祀したと伝わる高塚熊野神社があります。

第一の鳥居
IMG_9498 熊野神社

第二の鳥居
IMG_9502 熊野神社

後三条天皇の延久年間(約940年前)に創建されたと口伝され、紀州和歌山の熊野本宮の神主が、諸国行脚の途中でこの地に足を留めて祭祀したと伝えられ、熊野三社権現と称えられました。

ある時、神主が「高い丘を作って人々を救え」という不思議な夢を見たので、村人と図って神社の裏山に土をもりあげました。

その後、「安政の大地震」が起こり、津波の為多くの死者が出ましたが、この里の人々はこの丘に避難して難を逃れたと伝えられます。

又一説には、大津波の犠牲者をこの地に葬り沢山の砂を浜から運んで(浜垢離の起源)、高い墓を築き、大きな墓(つか)であったので、高塚(たかつか)と呼ぶようになり、地名になったとも伝えられています。(高塚熊野神社HPより)

IMG_9506 熊野神社

IMG_9505 熊野神社

拝殿
IMG_9499 熊野神社

別社
IMG_9507 熊野神社

秋葉神社(火之迦具土大神)
天白神社(天白之大神)
八柱神社(天之忍穂耳命・他七神)
津島神社(素盞鳴尊)
天照皇大神宮(天照大御神・玉柱屋姫命)
山住神社(大山祇神)
福神社(大国主命・事代主命)

稲荷神社
IMG_9512 熊野神社

境内には、もと東海道から神社への参道入り口に立てられていた慶応2年(1866)建立の鳥居(願主は小野田氏)、小野田五郎兵衛が寄進した享和4年(1804)の灯籠一対が立っています。

IMG_9511 熊野神社

IMG_9508 熊野神社

IMG_9509 熊野神社

IMG_9510 熊野神社

雲龍椎(うんりゅうしい)
IMG_9501 雲龍椎

推定樹齢500年の椎の木で、平成22年9月1日に御神木として正式に登記されました。
近年、浜松のパワースポットとして市外からも多くの人が訪れるようになりました。

IMG_9500 雲龍椎

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