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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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勝海舟が名付けた四合稲荷

初めて、赤坂の氷川神社を参拝しました。

六本木一丁目で下車し、ビルの合間を通り抜けて行くと、緑に囲まれた森があります。

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元禄の頃、この地は、忠臣蔵・浅野内匠頭の夫人 瑤泉院の実家である浅野土佐守邸跡で、大石内蔵助が討ち入り前に訪れて別れを告げたといわれています。
内匠頭切腹後、瑤泉院はここに預けられていました。
「雪の別れ」で有名な南部坂が近くにあります。

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氷川神社社殿

この社殿は、本殿・幣殿・拝殿の三つの建物が一体となった、いわゆる権現造の形式です。
江戸幕府の第8代将軍である徳川吉宗によって享保15年(1730年)に建てられました。吉宗は『享保の改革』と呼ばれる倹約政策をとったことで有名で、社殿にも当時の質実簡素な気風を見ることが出来ます。通常は将軍の寄進するような社寺であれば、軒下の組物を何重にも重ねたりするのですが、この社殿の組物は簡素で、彫刻も目立ちません。しかしただ簡素なだけではなく、大きな雲形組物や吹寄せ垂木など軽快な意匠を取り入れる工夫も見られます。また全体は朱漆塗としながら、部分的に黒漆塗や黒色金具を用いることで引き締まった印象となっています。

  平成22年(2010年)3月 東京都教育委員会 

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氷川神社の境内に、勝海舟が名付けた四合(しあわせ)稲荷という神社があります。

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明治31年(1898年)、古呂故稲荷・地頭稲荷・本氷川稲荷・玉川稲荷の四社が合祀されています。

四合稲荷神社

御祭神: 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)

1.古呂故(ころこ)稲荷 : 赤坂一ツ木二番地、古呂故天神社境内に鎮座
2.地頭(じぬし)稲荷 : 氷川神社遷座以前より拠の地に鎮座
3.本(もと)氷川稲荷 : 本氷川神社隣接、別当盛徳寺の地内に鎮座
4.玉川(たまがわ)稲荷 : 赤坂門外の御堀端、現弁慶橋のあたりに鎮座
以上の四社を明治31年遷座合祀し、幕末より赤坂在住の勝海舟により、『四合(しあわせ)稲荷』と称えられた。
大正14年に、鈴降(すずふり)稲荷神社(赤坂一ツ木町に鎮座)、及び縁起(えんぎ)稲荷神社(赤坂丹後坂下に鎮座)の二社を、 また昭和9年に明徳(めいとく)稲荷神社(赤坂新町に鎮座)を遷座合祀し、現在に至っている。
勝海舟筆の「四合稲荷社」という扁額も現存する。(案内板より)

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勝海舟が修行した弘福寺

墨田区向島の弘福寺は、黄檗宗の名刹で、山門、本堂の屋根などに唐風の建築様式が使われています。

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勝海舟は青年時代、剣術の師匠・島田虎之助の奨めで、この寺で修行したと伝えられています。

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咳の爺婆尊

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ここで、久しぶりに、井伊家に関わるものが登場!!

井伊直武が寄進したという「貞享五年」銘梵鐘

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西郷南洲翁宅地跡

19日の紀行で紹介されたので、再アップします!

鹿児島中央駅から「ナポリ通り」を東に向かいます。

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ナポリ通りとは、鹿児島市と姉妹都市であるナポリから名付けられたそうです。

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4月初旬、通りに植えられたツツジが綺麗に咲いていました。

この通りを約200ほど歩いたところに共研公園があります。

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この公園の入り口あたりが、西郷一家が安政2年(1855)から明治2年(1869)まで暮らした西郷南洲翁宅地です。

IMG_9111 西郷南洲翁宅地跡

西郷隆盛は、下鍛冶屋町(現在の加治屋町)の下級藩士の屋敷に生まれ、青年期までを過ごしました。

安政2年(1855)12月、加治屋町の屋敷を売却し、この上之園町の屋敷に移ってきます。

明治2年(1869)7月、武家屋敷に移るまでここで十数年過ごしました。

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