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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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西郷従道の邸跡(1)西郷山公園

渋谷駅より東急トランセの代官山循環線で、「西郷橋」下車。

IMG_0339 西郷橋

IMG_0340 西郷橋

目黒区青葉台の西郷山公園を訪ねました。

IMG_0351 西郷山公園

旧山手通り側(東側)の入り口には、「グリーンカフェ西郷山」があります。

IMG_0341 西郷山公園

この一帯は幕末には豊後国岡藩主・中川氏の抱え屋敷であったところであり、明治時代、この土地が旧西郷邸、西郷隆盛の弟の西郷従道(じゅうどう)の敷地の北東部分にあたり、付近の人々が「西郷山」という通称で親しまれていたところから西郷山公園と呼ばれるようになりました。

IMG_0343 西郷山公園

斜面を利用してつくられた公園で、斜面には人工の滝が作られているほか、展望台や遊具が設けられています。

IMG_0344 西郷山公園

冬のよく晴れた日には遠くの富士山も望めるそうです。

IMG_0346 西郷山公園

西郷従道が兄・隆盛の再起を願って当地付近を購入。
しかし、西南戦争により隆盛が他界したため、従道自身の別邸として利用することになりました。
その後西郷家は1941年に渋谷に移転した為、当時の鉄道省(戦後の日本国有鉄道)の手に渡り、また第二次世界大戦による空襲により和館が焼失してしまいました。残された洋館は1963年に愛知県犬山市にある明治村に移築され、現在は国の重要文化財に指定されています。
第二次世界大戦終了後、1950年代には日本プロ野球の国鉄スワローズ選手合宿所として使用されたこともあったといいます。
その後、邸宅跡地の一部分が公園として整備され、西郷山公園として1981年5月28日に開園し、現在に至っています。

IMG_0348 西郷山公園

IMG_0349 西郷山公園

西郷山公園の由来
この付近は、明治のはじめ西郷従道が、郷里鹿児島に帰った兄隆盛の再起を願って、入手したものであります。
西郷隆盛が没した後、この地に従道が別邸を造りました。
当時は、約6万平方米の敷地に、洋館・和館などが建てられ、池のある回遊式の庭園は、付近随一の名園といわれ、いつしか人々は、この一帯を「西郷山」と呼ぶようになりました。
この旧西郷邸の跡地の一部に、目黒区が公園を造ることを伝え聞いた鹿児島県や県下14市から、西郷さんゆかりの地であるこの公園に、ぜひ記念樹を植えたいとして、約2百本の樹木が寄贈されました。
これらは、当公園の北側に鹿児島記念樹コーナーとして植樹されております。
この公園の建設に際し、ご協力いただきました関係各位に深く感謝の意を表すると共に、多くの人びとが利用されるよう願うものであります。

寄贈県市名
鹿児島県 鹿児島市 川内市 鹿屋市 枕崎市 串木野市 阿久根市 名瀬市 出水市 大口市 指宿市 加世田市 国分市 
西之表市 垂水市

昭和56年5月吉日
目黒区長 塚本俊雄

ドラマ「東京ラブストーリー」をはじめ、ドラマのロケの場として使われていることでも知られています。

なお、かつて西郷邸の和館や洋館があった場所は近接してある菅刈公園付近にあたります。

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西郷隆盛と愛加那との間に生まれた菊次郎

今日の西郷どんに、西郷菊次郎 が登場します。

ナレーションを担当している西田敏行さんが演じるのですね!

Saigo_Kikujiro.jpg

奄美大島配流中の西郷隆盛と島民愛加那との間に生まれた菊次郎は、鹿児島の英語学校で学び、明治5年11歳から2年間米国に留学。

10年17歳の時、父・隆盛に伴い西南戦争に従軍しますが、片足を失うという重傷を負います。

17年外務省に入省、米国、台湾(宜蘭支庁長)などで長く勤務。

37年北垣国道京都府知事の推薦を受け、京都市長に就任し、発電、上下水道整備、市電設置の京都三大事業を推進しました。


遠島の身分であった時代の西郷隆盛と愛子(愛加那)の長子として、1861年、奄美大島の龍郷で生まれた。同父母妹に大山誠之助(大山巌の弟)の妻となる菊子(菊草)がいる。異母弟に嫡弟の寅太郎、午次郎、酉三。妻久子との間に7男7女をもうけた。
9歳にして鹿児島の西郷本家に引き取られ、12歳にしてアメリカへの留学の途についた。2年6ヶ月に及ぶ留学生活を終え、帰国して3年後の17歳のとき、西南戦争に薩軍の一員として参戦。延岡・和田越えの戦闘にて右足に銃弾を受け膝下を切断。和田越えの戦闘で多数の死傷者を出した薩軍は俵野に陣を移し、今後の動向について軍議をかさねた。
その結果、可愛嶽を越えて三田井に抜ける事を決意。戦闘にて重傷を負っていた菊次郎は、桐野利秋の計らいにて他の負傷兵と共に俵野に取り残した。その際に隆盛の老僕であった、永田熊吉をつけておいた。熊吉は、負傷した菊次郎を背負い、隆盛の弟である西郷従道のもとへ投降した。従道は甥の投降を喜び、熊吉に礼を言ったとされる。
西南戦争後、23才で外務省に入り、アメリカ公使館や本省で勤務。明治20年6月に再びアメリカへの留学。23年1月宮内省式部宮。日清戦争で日本が台湾を得た1895年(明治28年)、台湾に転じ、基隆支庁長、宜蘭長官(4年半)に就任。日本に帰国後、京都市長(6年半)などの任にも就く。 京都市長在任期間は約7年間におよびこの期間に「京都百年の大計」として発電、上下水道整備、市電設置の京都三大事業を推進した。 巨額を要する三大事業の財源が大きな困難として立ちはだかったが、明治42年6月に三井銀行の協力を取り付けてフランス・パリのシンジゲート引き受けで4,500万フランの外債を発行して資金を調達した。 明治44年右足後遺症の余病を理由に京都市長を辞職した。市長辞任後、鹿児島県に帰郷し、その後島津家管理の山ケ野金山鉱業館長になったものの健康が回復せず大正9年に辞職。
昭和3(1928年)年11月27日に鹿児島市薬師町の自宅で心臓麻痺により67才の生涯を閉じた。(Wikipediaより)

そして、今年3月の南海日日新聞の記事によると、

西郷隆盛と愛加那の長女菊子(菊草)とみられる写真が見つかったそうです。

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実兄の西郷菊次郎家族と一緒の記念写真とみられる。菊次郎のひ孫にあたる女性宅で発見された。龍郷町学芸員の川元美咲さんは「子孫からの提供で菊子本人にほぼ間違いない。これまで菊子本人の写真は見つかっていない。貴重な資料」と重要性を指摘している。近く、同町に正式に寄贈され、町生涯学習センターりゅうがく館2階文化財展示室で展示される予定。

 川元さんと西郷隆盛研究家の原田良子さんが協力して調査した結果、菊子は12歳前後に鹿児島に迎えられた後、大山誠之助と結婚したが、その後別居。京都市長時代の菊次郎が菊子とその次男、次女を呼び寄せている-ことなどが分かっている。

 寄贈された写真の中には、菊次郎との続柄を示す資料も添付。菊次郎家族の中に菊子とその子どもたちも一緒に並んで写っている。 川元さんによると、提供された写真はA4サイズで複写版。関東在住のひ孫の女性が自宅で資料を整理中に偶然見つけたという。川元さんは「菊次郎が菊子家族を引き取ったことは分かっている。写真を撮った日時や場所について調査している」と話した。(南海日日新聞 2018年3月2日 より)

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鹿児島の旅(35)大久保利通の銅像

JR鹿児島中央駅より徒歩5分、鹿児島市西千石町にあるフロックコートを翻す大久保利通の銅像は、大久保の功績を讃え、没後100年を記念して昭和54年(1979年)9月26日に中村晋也氏によって、大久保の生誕地近くの甲突川河畔に建立されました。
本体4.3メートル。

IMG_8582 大久保利通

IMG_8586 大久保利通 (2)

像の足元には、大久保が暗殺された際に一緒に亡くなった馬車夫と馬の像も彫られているそうですが・・・そこまではわかりませんでした(^^;

IMG_8587 大久保利通 (2)

IMG_8588 大久保利通 (2)

IMG_8585 大久保利通

大久保利通
300px-Toshimichi_Okubo_4.jpg

1830‐78(天保1‐明治11)
幕末,明治初期の政治家。西郷隆盛,木戸孝允と並んで〈明治維新の三傑〉といわれる。薩摩藩士大久保利世の長男に出生。若年,開国後の緊迫した世情をうけて,薩摩藩尊王攘夷グループのリーダーとなり,1859年(安政6),大老井伊直弼(いいなおすけ)襲撃を計画したが未遂,しかし,これをきっかけに藩政実力者の島津久光の知遇を得て側近に抜擢(ばつてき)され,尊攘論から公武合体論に転向した。62年(文久2),久光の公武合体・幕政改革の運動に参画,一橋慶喜を将軍後見職に,松平慶永を政事総裁職につけるのに成功し,その名を広く天下に知られるようになった。 (コトバンクより)

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