大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

User Tag [井伊直政 ]を含む記事一覧

可睡斎(10)井伊直勝の長男・井伊直好の墓

井伊直勝の息子・井伊直好は、寛文12年(1672年)正月6日、掛川にて死去。父とともに可睡斎に眠っています。戒名は大勝院殿日頼春果大居士元和4年(1618年)、安中藩初代藩主・井伊直勝の長男として安中にて生まれました。父の隠居で安中藩3万石を継ぎ、正保2年(1645年)6月23日、5000石加増の上で西尾藩へ加増移封。万治2年(1659年)正月28日に掛川藩に移封され、寛文12年(1672年)正月6日、掛川にて死去。享年55。跡を長男の...

可睡斎(9)井伊直政の長男・井伊直勝の墓

可睡斎には、こんな大きな下駄があるのですよ!これは天狗の大下駄と呼ばれています。天狗様は。足が大きいのですね(^_^;そして、巨大なスコップ何でもビッグサイズのようです!さて、今日は可睡斎の井伊家ゆかりの墓所を紹介します。この横の階段を上ると、井伊直政の長男井伊直勝の墓があります。井伊直勝(1590~1662年)井伊直政と正室・花(唐梅院)との長男。幼名は父と同じ万千代。直政が関ヶ原の戦いのときの鉄砲傷が原因...

井伊直弼ゆかりの埋木舎(1)

埋木舎は、彦根城佐和口御門に近い井伊家の屋敷跡で、幕末における幕府の大老・井伊直弼が藩主になるまでの15年間青春時代を過ごした館です。この屋敷は、直弼が入居する70年前、1759年に藩の公館(北の御屋敷)として建築されました。彦根藩井伊家では、藩主の子であっても世子以外は、他家に養子に行くか、家臣の養子となってその家を継ぐか、あるいは寺に入るのが決まりで、行き先が決まらない間は、父が藩主の間は下屋敷(槻御...

井伊直孝ゆかりの若宮八幡宮(焼津)

寛永6年(1629)、井伊直孝は自らの出生地の駿河国益津郡(現焼津市)の中里に若宮八幡宮を建立しました。直孝の幼名は弁之助と言い、小さいころから度胸がすわっていて、誠実で裏表がない性格で、少年のころ家に忍び込んだ盗賊を退治した話や、招き猫の由来となった言い伝えなど、多くの逸話が残る人物でもあります。父の直政は戦場で「井伊の赤鬼」と恐れられましたが、息子の直孝も大変勇敢で戦術に優れ、大坂夏の陣では大きな功績...

井伊直孝産湯の井

焼津市中里に、井伊直政の次男である彦根藩2代目藩主・井伊直孝の産湯の井があります。彦根藩の初代藩主である父の井伊直政は、徳川四天王の一人と称えられた大名でした。家康が関東に移る際に井伊家も上野国箕輪に移つることになり、直政は東海道を通った折、岡部宿本陣に泊まり、中里出身の娘が、身の回りのお世話をすることになりました。直政は娘をたいそう気に入ったといいます。その後、天正18年(1590)、娘は男の子を産みま...

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Author:しずか
毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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