大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

User Tag [井伊直虎 ]を含む記事一覧

家康軍が滞在した奥山方広寺(3)「井伊家・奧山家と方広寺」の特別展

今年の5月、「井伊家・奧山家と方広寺」の特別展が開催されていました。井伊直政の母井伊直虎井伊直親井伊直政ここからは常設展です。利休像聖徳太子像役行者像にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加しています。ご協力お願いします!歴女日記 ブログランキングへ...

家康軍が滞在した奥山方広寺(2)

勅使門の奥に開山堂が建っています。勅使門開山・無文元選(円明大師)は、元亨3年(1323)2月15日、後醍醐天皇の皇子として、京都において誕生されました。母は昭慶門院。父の後醍醐天皇が崩御した翌年の1340年に建仁寺で出家し、明窓宗鑑・雪村友梅などに師事。1343年、中国の元に渡ることを志し、博多聖福寺の無隠元晦(むいんげんかい)に参禅。その後元に渡り福州大覚寺で古梅正友に参禅し、各地を巡拝。日本に帰国した後は、...

井伊谷三人衆 菅沼 忠久の供養塔

井伊谷三人衆(いいのやさんにんしゅう)は、永禄11年(1568年)末に徳川家康が遠州攻めを行った際に今川氏真から徳川方へ離反した菅沼忠久、近藤康用、鈴木重時の3人のことをいいます。浜名湖の沿岸の領主たちは、今川氏への忠誠心が比較的強かったため、家康は遠江侵攻の障害となることを危惧し、事前に、東三河の菅沼定盈(さだみつ)を使って懐柔工作に動きました。野田城を拠点とした定盈は一時今川家に仕え、その後、松平家...

井伊氏の氏神を祀る渭伊神社・天白磐座遺跡

こちらも前回の紀行で紹介されたので、再アップします。井伊谷の渭伊神社は、井の国の中心となる古代以来の神社です。井戸や井水を神様とする神社で、井伊氏の発祥とともに氏神になりました。南北朝の争乱期に、龍潭寺の境内から現在地へ移ったといわれています。本殿渭伊神社引佐町井伊谷字天白にあり境内2535坪 老杉古桧欝蒼として繁茂し北西南の三方河水回りて(神宮寺川にして又宮川ともいう)其風致最も秀抜なり。由緒創...

井伊谷城跡

直虎の紀行で、井伊谷城跡が紹介されたので、再アップします。井伊谷城を見学する際は、引佐協働センターの駐車場を利用できます。井伊谷城は、標高約115m、丘陵に築かれた井伊氏の城館です。井伊氏の本拠地は、井伊谷城とその山麓にあった居館に加え、最終的な詰め城である三岳城で構成されていました。現在は城山公園として整備されており、土塁などの遺構が見学できます。井伊谷城跡(城山公園)井伊氏は、平安時代の在庁官人か...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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