大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

User Tag [今川義元 ]を含む記事一覧

龍雲寺(2)寿桂尼の墓

寿桂尼の墓所は境内の裏山の麓にあります。 寿桂尼が亡くなったのは、武田氏が駿府に侵攻し、今川氏真が掛川に逃れるわずか9か月前の永禄11年(1568)3月24日、80歳近い生涯でした。この墓所への道・・・以前は草ボーボーで、途中でどっちに進んでいいかわからくなるという噂を聞いたので、行くのを止めていました。今月のはじめに、近隣のボランティアの皆さんが、墓所周辺の竹藪や草むらを掃除してくれたとのことで、だいぶ草が...

龍雲寺(1)寿桂尼の菩提寺

先日、静岡の龍雲寺に行って来ました。龍雲寺は、大河ドラマで浅丘ルリ子さん演じる寿桂尼の菩提寺です。今川氏真が当主になっていた頃、終の棲家といたのが龍雲寺です。JR静岡駅からバス北街道線・瀬名新田行き他15分、沓谷3丁目下車、歩くこと数分です。龍雲寺本堂の前には、没後四百年記念に建立された寿桂尼が使用した「歸」(とつぐ)の印判を刻んだ石碑が建っています。「歸」は、寿桂尼が氏親に嫁いできた時、父親の中御...

豊橋の旅(5)吉田城争奪戦

吉田城の縄張りは豊川と朝倉川を背に本丸を基点として二の丸・三の丸を前面と側面に配した半輪郭式の「後堅固の城」というものです。ただし、河川を背にし、本丸を直接攻撃されやすい弱点もあるため、本丸背後に腰曲輪を設け、石垣も高くしています。 城域は、東は現在の飽海町から旭町、南は曲尺手町から呉服町、西は関屋町に及ぶ広大なものでした。 隅櫓(鉄櫓)本丸には1954年(昭和29年)に隅櫓(鉄櫓)が模擬再建され、中は資...

豊橋の旅(2)吉田神社

愛知県豊橋市関屋町2番地にある吉田神社。古くは天王社・牛頭天王・吉田天王社と称した古社で、スサノオノミコトを祀り、源頼朝、今川義元、徳川家康らの多くの武将たちから崇拝を受けました。その中でも源頼朝が深く崇拝したことから、頼朝公の行列を再現した神輿渡御(みこしとぎょ)が天王祭として誕生したのが、豊橋の祇園祭の起源とされています。治承2(1178年)頼朝が伊豆に配流の途上、雲谷の普門寺に逗留した折、鈴木十郎...

今川義元の胴塚(大聖寺)

牛久保駅から徒歩で10分ほどのところに大聖寺というお寺があります。この大聖寺の境内に、石柵に囲まれた今川義元の胴塚があります。今川義元は永禄3年(1560年)、桶狭間の戦いで、織田信長の奇襲を受けて敗死しました。家臣達が首のない義元の遺体を背負って駿河へ帰る途中、ひとまずこの地に葬り、手水鉢を置いて墓じるしとしました。嫡子の今川氏真は、父の三周忌を大聖寺で営み、位牌所として寺領の支配、諸役免除を認めた安堵...

左サイドMenu

プロフィール

しずか

Author:しずか
毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

最新記事

最新トラックバック

カテゴリ

光 (3)

FC2カウンター

オンラインカウンター

現在の閲覧者数:

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
167位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
33位
アクセスランキングを見る>>

アクセス解析