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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

User Tag [島津斉彬 ]を含む記事一覧

鹿児島の旅(41)篤姫誕生地 「島津本宗家の菩提寺・福昌寺」

福昌寺は、応永元年(1394年)、島津氏第7代当主島津元久が一族出身の僧・先に妙円寺 (日置市)を建てた石屋真梁を開山として招いて建立され、その後代々の島津氏当主の墓が建てられるようになり島津本宗家の菩提寺となりました。墓地には島津家第6代の師久(薩摩)、氏久(大隅)から、第28代斉彬までの墓があります。天文15(1546)年、忍室和尚の時には、後奈良天皇の勅願寺となり、同18(1549)年にキリスト教を伝えたザビエルが鹿児島...

江戸薩摩藩上屋敷跡

江戸薩摩藩邸焼討事件は、薩摩藩が江戸市中取締の庄内藩屯所を襲撃したため、慶応3年12月25日(1867年)江戸の三田にある薩摩藩の江戸藩邸が江戸市中取締の庄内藩新徴組らによって襲撃され、砲火により焼失した事件です。1867年(慶応3)10月ころから、西郷隆盛の指示で小島四郎(相楽総三(さがらそうぞう))らは浪士数百名を同藩邸に糾合、「御用盗」なる名目で市中およびその周辺で辻斬(つじぎ)り、強盗火付けをはたらき攪乱(かく...

島津久光が移り住んだ鶴丸城二の丸跡

鹿児島城は、屋形の形状が鶴が羽を広げたようであったことから別名「鶴丸城」と呼ばれています。1601年(慶長6年)に島津忠恒(家久)により築城され、以後廃藩置県まで島津氏の居城でした。1874年(明治7年)に焼失したのちは再建されず、現在は本丸跡に鹿児島県歴史資料センター黎明館、二の丸跡には鹿児島県立図書館、鹿児島市立美術館、鹿児島県立博物館などが建っています。鹿児島県立図書館(画像:Wikipediaより)鹿児島市立...

照国神社に建つ島津久光の銅像

鹿児島の照国神社の敷地に、島津家第28代当主・島津斉彬の弟で、第29代当主・忠義公の父である島津久光の銅像が建っています。島津久光は島津家第27代斉興の第五子として文化14年(1817年)、鹿児島城(鶴丸城)に生まれました。第28代島津斉彬の異母弟にあたり、斉彬の遺言で久光の子の忠義が藩主になると、「国父」として藩政の実権を握り、忠義を後見しました。文久2(1862年)、斉彬の意志を継ぎ、藩政改革を志して、千人の兵を率い...

島津斉彬が勝海舟と面会した望嶽楼

鹿児島の仙巌園の望嶽楼は江戸時代初期に琉球王国から薩摩藩に贈られたと伝わるものです。その名の通り、桜島(嶽)を眺(望)めるためにつくった東屋(楼)。桜島が美しく見える場所に建てられています。床に敷かれた塼(せん)とよばれる273枚の敷き瓦が、中国秦時代(紀元前3世紀)の阿房宮のものを写したといわれ、内部に掲げられた扁額は、中国東晋時代(4世紀)の書家・王羲之の書を模したものと伝えられています。安政5年(1...

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Author:しずか
毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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