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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」「いだてん」「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

User Tag [真田丸 ]を含む記事一覧

両光寺(2)真田信繁の娘を祀る姫塚

さて、私がこのお寺を訪ねた目的とは・・・「わが町文化誌」で紹介された両光寺の姫塚を探すことでした。その姫塚とは、真田信繁(幸村)の九女・阿安姫あやひめ)の墓です。信繁の命を受けた家臣・松沢彦二郎は幸村の九女・阿安姫を伴い海上を経て、苦難の末、佐鳴湖畔の安座に辿り着きました。しかし、阿安姫は熱病に罹りこの地で急逝されたといいます。姫塚  信州上田城主真 田昌幸の次男幸村は、豊臣秀吉に仕え大阪の陣に出...

両光寺(1)

我が家がいつも利用している浜松市中区富塚町の八百屋さんの裏手に両光寺という臨済宗方広寺派の寺院があります。山門本堂秘仏の観音菩薩像は一年に1度、新春大祭の1月5日に開扉されるそうです。鐘楼観音堂稲荷社への階段境内から佐鳴湖が一望できます。こちらのお寺の情報が少なく、縁起などの詳細はわかりませんが、ある目的を持って訪ねました。それは次の記事で紹介します。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加していま...

清凉寺の豊臣秀頼の首塚

嵯峨野の清凉寺は、嵯峨釈迦堂の名で知られる浄土宗の寺院です。嵯峨天皇の皇子・源融(みなもとのとおる)の別荘・栖霞観(せいかかん)の跡に開かれた棲霞寺にお堂を建立し、釈迦如来を安置したと伝えられています。栖霞観跡本堂(釈迦堂)は、慶長7年(1602年)に豊臣秀頼によって寄進・造営されましたが、嵯峨の大火が類焼し、本堂以下の伽藍は被災。元禄13年(1700年)より、本尊の江戸に始まる各地への出開帳が始まり、また...

典厩寺(長野)の武田典厩信繁の墓と真田信繁の供養塔

長野市の典厩寺(てんきゅうじ)には、八幡原の戦いで討ち死にした武田信玄の弟・武田典厩信繁(てんきゅう・のぶしげ)の墓があります。典厩寺はもとは鶴巣寺(かくそうじ)といい、合戦から60年後の承応3年(1654)に松代藩主の真田信之が武田典厩の名をとって寺号を典厩寺と改め、寺領5石の朱印地を給し、信繁の菩提と武田・上杉両軍の戦死者を弔いました。山門典厩寺の山門は、真田3代藩主幸道の霊屋の門を移築したものと伝...

真田濠(四谷濠)

四谷見附橋から喰違見附までの間が真田濠(四谷濠)と呼ばれています。「真田」という名がついているのは、真田信之を筆頭に、真田藩が普請を請け負ったことからです。外濠造りには、信之だけではなく、仙台の伊達政宗や米沢の上杉定勝(景勝の息子)などの大名も参加していたそうです。この部分はもともと台地であり、東西に延びる分水嶺の南北を繋げる形で開削して作られた人工の地形で、戦災の瓦礫により埋め立てられ、現在は南...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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