大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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新野左馬助の里を訪ねて(1)左馬助を祀る左馬武神社

新野氏は、現在の御前崎市新野を拠点とした鎌倉御家人・新野太郎に始まり、その後、鎌倉末期以降、今川氏の祖国氏の三男俊氏の子俊国が、新野氏の名跡を継いだものと考えられています。  新野左馬助親矩(にいのさまのすけちかのり)は今川氏の一族であり、新野舟ヶ谷城の城主で新野村三千石を治めていました。親矩も新野新城(舟ケ谷城)の城主として今川氏に出仕していました。左馬助は、井伊直虎の母親(祐椿尼)の兄にあたり、...

清見寺(2)本堂

それでは、清見寺の中を見学していきましょう。清見寺には朝鮮通信使が書いた、漢詩、扁額、絵画や、琉球通信使による扁額が残されています。朝鮮通信使とは、李氏朝鮮時代(1392から1910年までの朝鮮半島の王朝)の使節で、主には江戸期に行われたものを指します。清見寺は対馬から江戸間の宴席、休み処として使用されました。琉球通信使扁額なんとここで、梶原景時に関するものが・・・血天井これについては、改めてしずかblogで...

田原城本丸に建つ巴江神社

田原城本丸が、三宅氏の家祖である南朝の忠臣・児島高徳を祀る巴江神社になっています。この神社は、三宅氏が文化年間に二ノ丸に建立した社から、魂を移したもので、9月半ばには年に一度の祭りが大々的に行なわれるそうです。本殿隣に富多満瑠稲荷社(ふたまるいなり)が鎮座しています。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加しています...

信長の最期と本能寺の信長公廟

 「真田丸」第5回「窮地」 では、本能寺の変がテーマです。天正10年(1582年)5月29日、織田信長は備中高松城包囲中の羽柴秀吉を救援するため、小姓を中心とする僅かのお供を連れて安土城を発ち、京都の本能寺に入ります。その頃、信長の嫡男・織田信忠は5月21日にすでに京都の妙覚寺に入っていました。京都に城を持たない信長は、かつては妙覚寺を寄宿先としていましたが、1580年以降はかつての宿所であった本能寺を寄宿先に戻し...

鞠生の松原

防府の鞠生町の松が広がる砂浜は、かつて鞠生の松原と呼ばれる景勝地でした。室町時代には、大内義弘がここで、九州に向かう足利義満をもてなしたといいます。慶応3年(1867)9月、京都出兵の密約を結んだ長州・薩摩両藩は、幕府を武力で倒す命令「討幕の密勅」を密かに朝廷から出させ、同日、将軍が朝廷に政権を返上「大政奉還」がなされました。両藩はあくまでも武力で幕府側を倒すことを主張。長州藩は、奇兵隊などの先鋒部隊を鞠...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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