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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [未分類 ] 記事一覧

日坂宿の川坂屋(2)川坂屋お茶屋

二階から降りて、台所や家人の住まいの空間に行ってみましょう。台所湯沸かし釜旅人もここで座って、お茶の接待を受けていたそうです。茶室文化2年(1805年)、掛川城主太田資順が市内の偕楽園に建てた由緒ある建物で、後に掛川城内に移され、明治元年(1868年)に川坂屋に譲られたものです。床の間の壁は掛川特産の葛を使った「葛壁」で、床柱には大変珍しい「つつじ」の巨木が使われています。(川坂屋HP、Wikipediaより)開館時...

鹿児島の旅(49)大中寺の薩摩義士の墓

鹿児島市西千石町の大中寺には、薩摩義士の墓があります。大中寺は、南林寺が廃仏毀釈でなくなった後に、建立されたお寺だそうです。薩摩義士の墓由緒宝暦3年(一七五三)、徳川幕府は、洪水や悪水停滞で困窮している木曽・長良・揖斐三川流域の住民救済のため、大規模な治水工事を計画し、薩摩藩にお手伝い普請を命じた。この命を受けた藩主島津重年は、窮乏した藩財政に苦慮しながら、工事の総奉行に平田靭負、副奉行に伊集院十...

鹿児島の旅(48)薩摩義士碑

黎明館のすぐ近くに、薩摩義士の碑があります。薩摩義士とは、江戸時代、美濃国の揖斐川、長良川および木曽川の3川の治水難工事に、多大の犠牲をはらって従事した薩摩藩の人々のことをいいます。               神になった薩摩義士      -80余名の犠牲の上に、沈黙した暴れ川ー岐阜県に木曽川治水工事の犠牲者をまつる神社があります。治水神社といい、今も1755年(宝暦5)の薩摩藩による工事に感謝する人々...

鹿児島の旅(40)篤姫誕生地「奈良原助八の殉死の地」

次は福昌寺に向かいました。その道中で見つけた碑があります。奈良原助八殉死の地 16歳から島津家第11代忠昌に仕えた薩摩藩士。 主君忠昌公が清水城にて自刃し果てた後,福昌寺の蓮池のほとりで主君を追い自刃した薩摩藩最初の殉死者と言われています。子孫には,生麦事件の「奈良原喜左衛門」,沖縄県知事になった「奈良原繁」がいます。(鹿児島県公式HPより)奈良原助八は、山城国・賀茂の出身で、16歳の時、第11代、島津忠昌...

上野恩賜公園の小松宮彰仁親王像

上野恩賜公園と言えば、西郷どん(西郷隆盛)の銅像が有名ですが、小松宮彰仁親王の(こまつのみや あきひとしんのう)騎馬像もあります。小松宮彰仁親王伏見宮邦家親王第8王子。妃は、旧久留米藩主有馬頼咸の長女頼子。 明治維新時には三職のうち議定となり仁和寺宮 嘉彰親王( にんなじのみや よしあきしんのう)と名乗っていました。仁和寺宮嘉彰時代の写真(中央の人物)安政5年(1858年)、仁孝天皇の猶子となり、親王宣下を受...

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Author:しずか
毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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