大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [織田信長 ] 記事一覧

桶狭間の戦い(5)七ツ塚~おけはざま山

七ツ塚(ななつづか)は、名古屋市緑区桶狭間北2丁目にある史跡です。勝利を収めた織田信長は、全軍を釜ヶ谷あたりに集め、勝どきをあげ、村人に命じてこのあたりに七つの穴を等間隔に掘らせ、大量の戦死者を埋葬させたといいます。桶狭間の戦いでの戦死者は、両軍合わせて、約3,500名と言われており、古戦場まつりの万灯会では、3,500本のローソクを灯して供養するそうです。また、この塚を取り崩したりすると「たたり」があると...

桶狭間の戦い(4)釜ヶ谷~信長坂

釜ヶ谷は、桶狭間の戦いで、織田軍を勝利に導いた重要なポイントで、現在は大学の駐車場になっています。善照寺砦から中島砦を経て桶狭間に進軍した信長軍が、荒れ狂う雷雨の中、おけはざま山に陣取る今川本陣への突撃のチャンスを待っていた所です。織田信長は雷雨が上がると、すかさず今川本陣へ突撃を命じて、今川義元を打ち取り、大勝利を収めました。信長軍が一気に駆け上がったとい信長坂頂上付近にほんブログ村 歴史ブログ...

抹香事件の舞台・織田家の菩提寺「萬松寺」

名城線上前津駅から徒歩5分ほどのところにある萬松寺は、信長の父で古渡城主であった織田信秀が、天文9年(1540年)、織田家の菩提寺として、現在の中区錦および丸の内辺りに開基したのが始まりです。織田信長が「うつけ者」と呼ばれる事の基になった父・信秀の葬儀の際に、信長が位牌に抹香を投げつけたという「抹香事件」は、大須に移る前の萬松寺が舞台です。また、徳川家康が、6歳で人質として今川義元の元に送られる途中、信秀...

名古屋・大須の総見寺

名古屋の大須公園の北側に総見寺があります。天正年間、織田信雄が父・信長の菩提を弔うために、伊勢国大島村(三重県桑名市長島町)の安国寺を清須に移して、総見寺と改めました。慶長16年(1611年)、清洲越により、清洲から現在地に移転し、初代尾張藩主・徳川義直から寺領300石の寄進をうけました。拝観不可なため、門の外からの画像のみです。FC2ブログランキングに参加しています。クリックよろしくお願い致します。にほんブロ...

本能寺の遺品が残る清洲の総見院

清洲の総見院は、織田信雄が清洲城主の頃、父・織田信長の菩提寺として建立した寺でしたが、清洲越により大須(名古屋市中区)に移りました。現在の寺は、1644年、徳川義直の開基で、総見寺第3代住職・閩山永吃(みんざんえいきつ)和尚の隠居所として始まったと伝わっています。境内には、信長・義直・みん山の墓碑3基があり、寺には織田信雄が本能寺の変の後、本能寺の焼跡から探し出したといわれる信長着用の兜が保管されている...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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