大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [徳川家康 ] 記事一覧

大樹寺

永禄3年(1560年)桶狭間の戦いで、今川義元を失った今川軍は潰走、拠点の大高城で織田方の水野信元の使者からの今川義元討死の報を聞いた松平元康(のちの徳川家康)は、岡崎の松平家の菩提寺・大樹寺に手勢18名ととも逃げ込みました。しかし寺を囲んだ追撃の前に絶望した元康は、先祖の松平八代墓前で自害して果てる決意を固め、第13代住職登誉天室に告げると、登誉は問答の末「厭離穢土 欣求浄土」(おんりえどごんぐじょうど)」...

岡崎城

岡崎城は、愛知県岡崎市康生町にあった城で、松平元康のちの徳川家康の生地です。元康は、岡崎城内の坂谷邸で生まれましたが、6歳で故郷を離れ、織田家、そして今川家の人質として少年期を過ごしました。岡崎城の別名は「龍城」。1452年(享徳元年)または1455年(康正元年)龍頭山の砦として三河国守護仁木氏の守護代西郷氏が築城。1531年(享禄4年)松平清康(徳川家康の祖父)が城主となり、城郭を整備して勢力を広げたが家臣...

清見寺(4)書院~潮音閣

書院に進んでいきます。慶応三年(1867)の建築で、明治天皇御成の間があります。欄間には、清見関跡から出土した板が飾られています。玉座違い棚潮音閣潮音閣からの眺め眼下に駿河湾を望み、昔は正面に三保の松原が見渡せたそうです。今ではビルが建ち、境内を線路が横切ったりと、だいぶ景観が損なわれてしまってのでしょうね。明治時代には、皇室の方々や、夏目漱石、島崎藤村、高山樗牛、北原白秋、与謝野晶子など、多くの文人...

清見寺(3)徳川家康手習いの間~名勝庭園

今川氏に人質として駿府にいた徳川家康は、清見寺の住職・太原雪斎に師事し、ここで勉強していました。また晩年、大御所として駿府に隠栖した際には、当時の住職大輝和尚(第三世)に帰依し、再三に渉って清見寺に来遊しました。家康の三女・静照院殿よりは、彿殿の本尊釋迦弁尼仏と大方丈の大玄関の寄進を受けたりと、徳川家との諸々の縁で、清見寺は三葉葵の紋を許され、江戸時代260年の間、二百余石の朱印地を有し徳川一門の帰依...

華陽院(2)市姫の墓

源応尼の墓の隣には家康の五女・市姫の墓があります。市姫(いちひめ、慶長12年1月1日(1607年1月28日) - 慶長15年2月12日[1](1610年3月7日))は、伊達政宗の嫡男・伊達忠宗と婚約していた女性。父は徳川家康(市姫は五女)。母は側室のお梶の方(遠山氏)。徳川家康が66歳のときに生まれた五女である。家康はかつて、織田信長の妹で絶世の美女と謳われたお市の方のように美女になってほしいと願っていたらしく、市姫と命名した...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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