Category [平維盛 ] 記事一覧
平維盛の嫡男六代ゆかりの六代松の碑
静岡県沼津市の東間門に近い千本松原の中に六代松碑があります。 六代は、平維盛の息子であり、祖父は重盛、曾祖父は清盛です。六代は、平維盛の息子であり、祖父は重盛、曾祖父は清盛です。六代というのは、幼名で、平正盛から数えて直系の六代目に当たることに因んで名づけられました。実名の「平高清」は、『高野春秋編年輯録』などに記載されていますが、『平家物語』が幼名の六代を用いているため「六代」として知られていま...
富士川の合戦(3)鈴麦(鈴之儀)
神戸市兵庫区平野交差点に鈴麦(鈴之儀)という碑があります。鈴麦とは、鈴之儀と同じく、新しい門出(出陣)で、巫女が新郎新婦、参列者に鈴を振り、清らかな鈴の音に託して神の恵みを授ける儀式を指します。この場所から1180年9月22日、平家が富士川の戦いに出陣し、その際、鈴之儀が行われたといいます。鈴麦この場所から、1180年(治承4)月、朝廷の源頼朝追討軍は平維盛(これもり 清盛の孫)を大将軍平忠度(ただのり 清盛...
富士川の合戦(2)飯森浅間神社
岳南鉄道の岳南原田駅から歩いて15分ほどのところにある原田公園の近くには、富士川合戦の際、源氏軍が食糧を置いたという飯森浅間神社があります。飯森浅間神社 略記 御祭神・木花之佐久夜昆賣命(このはさきくやひめのみこと)当神社は『治承4年(西暦1180年・平安時代後期)源平両軍対陣の際、源軍は 当神社に食糧を置き、兵士此れを守備せしより『飯守明神』と称した』と伝えられ 現存する文書・記録が乏しく、創建の年代・...
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