大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [八重の桜 ] 記事一覧

彦根城築城410年祭(5)玄宮園~楽々園

玄宮園は、江戸時代には「槻之御庭」と呼ばれていました。玄宮園の名は、古代中国の宮廷の名によって命名されたと考えられています。池を中心に、池中の島や入江に架かる9つの橋などによる回遊式庭園となっています。ここからは、彦根城天守閣を望むことができます。隣接する楽々園は槻御殿と呼ばれ、延宝5年(1677年)、彦根藩4代藩主井伊直興により建立された彦根藩の二の丸御殿で、現在は、庭園部分を玄宮園、御殿部分を楽...

奥山方広寺(3)山岡鉄舟書六曲屏風

本堂を進んできます。山岡 鉄舟書六曲屏風山岡鉄舟は、幕末から明治時代の幕臣、政治家、思想家。剣・禅・書の達人としても知られる。鉄舟は居士号、他に一楽斎。通称は鉄太郎(鐵太郎、てつたろう)。諱は高歩(たかゆき)。一刀正伝無刀流(無刀流)の開祖。江戸に生まれる。家が武芸を重んじる家だったため、幼少から神陰流、樫原流槍術[1]、北辰一刀流を学び、武術に天賦の才能を示す。浅利義明(中西派一刀流)門下の剣客。明...

七卿落ち(9)朝倉八幡宮

山口市の朝倉八幡宮は、貞観元年(859)宇佐八幡宮から勧請したと伝えられる古社です。湯田へ落ち延びてきた三条実美ら七卿は、尊王攘夷の祈願のためにたびたびここに参拝していました。境内には、三条実美・三条西季知・壬生基修・東久世通禧の歌碑が建っています。七卿歌碑朝倉八幡宮にまうでてゆうたすきかくる祈りはうけよ神わたくしならぬ願なりけり      三条西季知ゆうたすきかけて祈るも一すぢにわがまごころをつくす...

神戸海軍操練所跡

神戸海軍操練所は、江戸時代の1864年(元治1年)5月に、大阪湾湾岸防衛の必要から、江戸幕府が許可し、軍艦奉行の勝海舟によって、神戸に設置された海軍士官養成機関、海軍工廠(かいぐんこうしょう)であり、現在の神戸市中央区新港町周辺にありました。操練所の塾生には、坂本龍馬、陸奥宗光、伊東祐亨、北添佶摩、望月 亀弥太などがいます。しかし、八月十八日の政変で失脚した長州藩が、京都へ進攻した禁門の変の責を問われ、...

大政奉還~鳥羽伏見の戦い

第2次長州出兵失敗した幕府は衰退。薩長同盟による倒幕の動きが強まったため、徳川慶喜は前土佐藩主・山内豊信の勧告に従い、慶応3年(1867)10月14日に政権の朝廷返上を明治天皇に上奏し、翌日朝廷がこれを受け入れました。大政奉還の舞台となった二条城の唐門諸大名を集め、大政奉還を発表した二の丸御殿の大広間(一の間)には、等身大の人形でその様子が再現されています。毛利敬親・元徳父子は、慶応3年(1867年)12月、官位復...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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