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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「光る君へ」「どうする家康」「鎌倉殿の13人」「青天を衝け」「麒麟がくる」「いだてん」「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [竹中半兵衛 ] 記事一覧

竹中半兵ゆかりの地(1)大御堂城跡

青春18切符を使って、竹中半兵衛ゆかりの地、岐阜県の大野町と垂井町を訪ねてみました。まずは、大野町から紹介します。 養老鉄道の揖斐駅で下車菜の花が満開でした。駅でレンタサイクルを借り出発進行大野町は、濃尾平野の北部に位置し、揖斐川と根尾川の合流地域に位置する自然豊かな町で、現在バラの生産量が全国一なのだとか。大野町バラ公園というのもあるそうです。揖斐川にかかる三町大橋を通ります。大きな橋ですが、歩道...

官兵衛と半兵衛のエピソード

官兵衛は秀吉からの「弟同様に思っている。働き次第で知行を与える。」という内容の義兄弟の契りを結んだ誓紙を大事にしていました。この時期、秀吉は複数の書状を官兵衛に送っていたそうで、「弟秀長のように思っている」という書状は現存しています。半兵衛はこれを見た途端、破って囲炉裏の中に投じてしまいました。驚いた官兵衛に半兵衛は「このようなくだらないものがあると、後で命取りになることがある。貴殿の身のためにも...

官兵衛と半兵衛

斎藤氏の滅亡後、信長は、竹中半兵衛を自分の家臣としたいと考え、秀吉を遣わし、「三顧の礼」(目上の人が格下の者に対して三度も出向いてお願いをすることであり、中国で劉備が諸葛亮を迎える際に三度たずねたとする故事に由来する。)で半兵衛を誘いました。半兵衛はこのとき、秀吉の天性の才能を見抜き、信長に直接仕えることは拒絶しましたが、秀吉の「私の師になってください。」という言葉に心を動かされ、秀吉の家臣となる...

伏見の古地図(2)竹中町を歩く

伏見の古地図をもとに、伏見の町をぶらぶら竹中半兵衛の一族「竹中貞右衛門」(半兵衛の従兄弟に当たる?)が済んでいたという屋敷跡を訪ねてみました。「伏見区役所を目印に」と、古地図を販売しているお店のご主人が教えてくれたので、伏見区役所に立ち寄り、区役所周辺のことを伺いました。その際、お仕事中にもかかわらず、親切に説明してくださった伏見区役所の方その節はありがとうございましたm(__)m区役所でプリントアウト...

竹中半兵衛と稲葉山城

竹中半兵衛は、天文13年(1544年)、美濃斎藤氏の家臣で美濃国大野郡大御堂城(岐阜県揖斐郡大野町)城主・竹中重元の子として生まれました。初名は重虎、のちに重治、通称は半兵衛。弘治2年(1556年)、父・重元が斎藤道三とその子・義龍に仕えていた頃、道三親子の間で争いが起き、重元は道三に付きましたが、道三が負けたため、義龍の軍勢が、重元の屋敷に押し寄せて来ました。その時、13歳であった半兵衛は、弟は母とともに追い...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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