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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「いだてん」「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [歴史旅 ] 記事一覧

日坂宿を行く(10)本陣跡

江戸時代に諸大名が江戸へ往来した時の旅宿にあてた宿駅の旅籠屋を本陣といい、 日坂宿本陣の屋号は「扇屋」代々片岡家が世襲で営んでいました。本陣跡  江戸時代に諸大名が江戸へ往来した時の旅宿にあてた宿駅の旅籠屋を本陣といいます。 日坂宿本陣の屋号は「扇屋」代々片岡家が世襲で営んでいました。 本陣の敷地はおよそ三百五十坪・建坪二百二十坪、門構・玄関付の建物でした。嘉永5年(1852)の日坂宿の大火で全焼、再建...

日坂宿を行く(9)藤文

宿場町の風情を残す建築物が続きます。こちらは藤文という屋号の日坂最後の問屋役を務めた伊藤文七邸です。藤文・・・日坂最後の問屋役を務めた伊藤文七邸  商家で屋号は藤文。 伊藤文七(号は文陰)翁は安政3年(1856)に日坂宿年寄役となり、万延元年(1860)から慶応3年(1867)にかけて日坂宿最後の問屋役を務めました。 維新後の明治4年(1871)には、日坂宿他二十七ヶ村の副戸長に任ぜられました。 その間、幕府の長州...

日坂宿を行く(8)萬屋

萬屋はもっぱら庶民の泊まる旅籠でした。 間口が4間半(約8.2メートル)であり、幕末としては中規模の旅篭です。1階が「みせ」や「帳場」で、2階が宿泊のための「座敷」というごく普通の店構えです。 表の蔀戸(しとみど)は当時の一般的な店舗建物の使用であり、昼間は障子戸、夜は板戸の様は、日坂宿では昭和20年代まで数多く見られました。 日坂宿は嘉永年間に大火災にあい、萬屋の土間下からも当時の焼土がみられ、それを裏...

日坂宿を行く(7)相伝寺

相伝寺は、遠江三十三観音霊場の二十一番札所にあたり、古くから日坂の人々の信仰を集めた寺でした。   相伝寺内光善寺 縁起 天長2年(825)創建とされる、「天台宗 紫雲山 光善寺」(東山椎林)が元来とされている。御詠歌の「光よき寺」がそれである。 現在の「相伝寺」は、日坂本陣扇屋当主片岡清兵衛が京より僧を招いて慶長2年(1597)に開基した。清兵衛は、当時、役人大名による日坂宿の人足手当ての支払いが、三年後...

日坂宿を行く(6)秋葉常夜燈

相伝寺参道の入口に秋葉常夜燈があります。庶民の秋葉山に対する信仰は、江戸中期にとても盛んになりました。常夜燈は、秋葉山に参詣するための街道沿いにあるものばかりでなく、人々が火伏せの神への信仰や地域内の安全を願って建てられたものも数多くあるそうです。 秋葉常夜燈 日坂宿 はしばしば火災にあっているためか、火伏せ(火防)の秋葉進行が盛んであったようです。当時の人々は神仏のご加護を願い秋葉講 を結成し分社...

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Author:しずか
毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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