大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [歴史旅 ] 記事一覧

宗吽寺(上田)

宗吽寺(そううんじ)は、真言宗で高野山の末寺です。山門は、鐘楼門で入母屋、銅板葺き、花頭窓が付いています。元々は上田城付近にあったものを、上田城を築城の際に現在地に移され、慶英法印によって中興開山されました。上田藩主となった仙石氏と松平氏の祈願所として庇護され、「海野町本陣日記」によると、藩主が松平氏の参勤交代の際には宗吽寺が江戸への出立の吉日を決めていたそうです。この念珠は煩悩の数と同じ、珠が10...

九度山を訪ねて(10)丹生官省符神社(にうかんしょうぶじんじゃ)

丹生官省符神社は、弘仁7年(816年)弘法大師空海が慈尊院を建立した際、その守り神として地元にゆかりのある丹生都比売・高野御子の二神を祀った神社です。この階段、結構足にきます(^_^;)社殿三棟は木造一間社春日造、桧皮葺、極彩色北面で重要文化財に指定されています。神社ができた当時の位置は、現在の渡し場の東にあたる宮の橋の付近であったと考えられており、慈尊院の弥勒堂が現在の位置に移された際、この神社も一段高い...

九度山を訪ねて(9)慈尊院 その弐

乳房型絵馬女人高野のいわれがあるため、子授け、安産、育児、授乳、良縁などを願って乳房型絵馬を奉納する女性が多く訪れます。慈尊院がユネスコ世界遺産に登録されたのを記念して、平山郁夫により彫られたもの。石椅子弘法大師空海の母・玉依御前がよく腰掛けられたという石椅子ゴンの碑ゴンと弘法大師昭和60年代に、慈尊院近くに住みついていた紀州犬と柴犬の雑種である白い雄の野良犬がいました。不思議なことにその犬は高野山...

九度山を訪ねて(8)慈尊院 その壱

弘仁7年(816年)、弘法大師・空海が、嵯峨天皇から高野山の地を賜った際に、高野山参詣の要所に当たるこの九度山の雨引山麓に、高野山への表玄関として伽藍を創建。高野山一山の庶務を司る政所(寺務所)を置き、高野山への宿所ならびに冬期避寒修行の場としました。当時高野山内は7里四方が女人禁制となっていたため、高齢となった空海の母・阿刀氏(玉依御前)は、麓にあるこの政所に滞在しました。空海はひと月に9度(正確に9...

松代の山寺常山邸

象山神社からさらに南に進むと、山寺常山邸があります。山寺常山は、江戸時代後期から明治時代初期に活躍した中級藩士です。常山は号で幼名を久道(ひさみち)、のちに信龍(しんりゅう)と名のり、通称を源太夫(げんだいゆう)といい、若かりし頃、江戸に出て儒学者佐藤一斎(さとういっさい)や中村敬宇(なかむらけいう)らと親交を深めました。八代藩主真田幸貫の信望も厚く、藩政にも尽力し、寺社奉行、郡奉行を務めたほか、...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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