大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [真田信繁 ] 記事一覧

典厩寺(長野)の武田典厩信繁の墓と真田信繁の供養塔

長野市の典厩寺(てんきゅうじ)には、八幡原の戦いで討ち死にした武田信玄の弟・武田典厩信繁(てんきゅう・のぶしげ)の墓があります。典厩寺はもとは鶴巣寺(かくそうじ)といい、合戦から60年後の承応3年(1654)に松代藩主の真田信之が武田典厩の名をとって寺号を典厩寺と改め、寺領5石の朱印地を給し、信繁の菩提と武田・上杉両軍の戦死者を弔いました。山門典厩寺の山門は、真田3代藩主幸道の霊屋の門を移築したものと伝...

安居神社(2)幸村公ふたたび

安居神社の北側(天神坂側)の入り口安居神社は安居天満宮ともいいます。創建年は不詳ですが、少彦名神と菅原道真を祀っています。道真が大宰府に流されるときに、風待ちのために休息をとったことから、その名がついたという伝承があります。 天王寺七名水の一つ、安居の清水は、「かんしずめの井」とよばれ、有名でしたが、今は枯れてしまい、井戸枠だけが残されています。 幸村公 ふたたび「大坂の陣」で獅子奮迅の活躍をし、「...

安居神社(1)真田幸村終焉之地

大阪市天王寺区の安居神社は安居天満宮ともいいます。安居神社の南側の入口当社は、1615年(元和元年)大坂夏の陣で、茶臼山に陣をしいた真田信繁(幸村)がこの地で戦死したと伝えられています。今年の春、数年ぶりに参拝したのですが、以前より、幟などが立って、賑やかな雰囲気になっていました。信繁はこの樹に寄りかかって休んでいたというさなだ松(2代目)真田信繁(幸村)戦死跡之碑真田信繁(幸村)の銅像表から見ると、...

真田幸村(信繁)と十勇士の石像(1)

上田市の小牧城の登城口に真田幸村(信繁)と十勇士の石像があると知り、レンタサイクルで見に行ってみました。上田駅から3.2kmほどあります。車なら10分ぐらいで行けるのでしょうが、自転車だと結構な運動量になります。小牧橋を渡り、千曲川沿いを走ると、小牧山の麓に辿り着きます。下に自転車を置いて、歩いて像のところまで登ります。桜もわずかに残っていて、非常に良い眺めです!やっと見えてきました!これらの像は、六文...

大坂冬の陣・夏の陣 茶臼山古戦場跡(2)

史跡 茶臼山 及 河底池この茶臼山は、昭和61年度に発掘調査を実施したところ、古墳の築造と同様の方法で盛土が行なわれたことがわかったほか、本陣跡の遺構がよく保存されていることがわかり、記録にある家康本陣の台所跡の一部も発見されたそうです。ここからもう少し階段を上がると、山頂になり、平らな広場が見えてきます。戦国時代、ここには大塚城(茶臼山砦や茶臼山陣城)がありました。大塚城は茶臼山古墳を利用した戦国時...

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Author:しずか
毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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