大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [小野政次 ] 記事一覧

小野篁ゆかりの井戸 六道珍皇寺 

京都の行く度に、何度か訪れた六道珍皇寺平家一門の館があった六波羅の地は、鳥辺野の端にあたるため、現世と冥界の接点と考えられ、六道まいりの信仰を集めました。六道珍皇寺は、建仁寺の塔頭で、古くは愛宕寺と呼ばれました。平安・鎌倉時代には東寺を本寺として隆盛しましたが、その後衰退。室町時代に再建され、臨済宗に改められました。平清盛が死去した後、荼毘に付したのが六道珍皇寺辺りだといわれています。六道珍皇寺に...

小野但馬守政次を祀る二宮神社

二宮神社 は、井伊郷の荘司である三宅氏の始祖・多道間守を祀る神社です。元中2年(1385)には南朝方、後醍醐天皇の第4皇子である宗良親王を合祀し、二柱の神霊を祭祀するようになり現社号となりました。江戸時代になり、井伊家が彦根に移った後、新しい領主が、小野政次の霊を但馬明神として祀りました。現在は、拝殿横の天王社に合祀されています。二宮神社の神主を務めた中井家に伝わる話によると、政次は井伊家の一門衆から切腹...

小野但馬守政次終焉の地

二宮神社の北東、遠鉄バス上町のバス停から数分行ったところに、小野政次終焉の地の供養塔があります。今年の4月7日の政次の命日に、供養塔の前に「小野政次終焉の地」と書いかれた案内板が設置されました。それまでは、何の説明板もなかったのですが、昨年、二宮神社を参拝した際、このお墓のようなものが気になり、とりあえず写真を撮っておきました。後になって、政次の終焉の地と知りびっくり!案内板まで設置されたということ...

小野但馬守政次が処刑された蟹淵

永禄11年(1568年)、甲斐国の武田信玄が今川氏の本国・駿河国に侵攻。小野但馬守政次は駿府で今川軍に従っていましたが、虎松を殺害して井伊谷を掌握し、その軍勢を率いて加勢するよう今川氏真より命じられ、井伊谷に入り、井伊氏より井伊谷を横領。徳川家康は政次の専横に対し、近藤康用・鈴木重時・菅沼忠久の井伊谷三人衆を派遣し、井伊谷を奪還させるように命じます。政次は山中に逃れますが、洞窟内に隠れているところを井伊...

小野政次が隠れたという竜ヶ岩洞

井伊谷城を追われた小野政次は、三岳山の山中に隠れていたとも、また竜ヶ岩洞(りゅうがしどう)に潜んでいたともいわれています。竜ヶ岩洞は、静岡県浜松市北区引佐町田畑にある鍾乳洞で、1981年に洞窟愛好家により発見されました。赤石山脈の支脈に位置する標高359.1mの竜ヶ石山にあり、洞窟を形成する石灰岩は2億5千万年前に生成された秩父古生層と呼ばれる地層で形成されており、総延長1046mのうち、400mが一般公開されていま...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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