大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [今川氏真 ] 記事一覧

掛川城御殿

掛川城御殿は、儀式・公式対面などの藩の公的式典の場、藩主の公邸、藩内の 政務をつかさどる役所という3つの機能を合わせ持った施設です。掛川城御殿 は二の丸に建てられた江戸時代後期の建物で、現存する城郭御殿しては、京都 二条城など全国で4箇所しかない貴重な建築物です。   書院造りと呼ばれる建築様式で、畳を敷き詰めた多くの部屋が連なり、各部屋 は襖で仕切られています。当初は本丸にも御殿が作られましたが、老朽化...

掛川城(2)天守閣

掛川城天守閣こんな方に出会いました!軍配軍扇功名が辻で使われた幟天守閣から見た御殿にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加しています。ご協力お願いしますm(__)m歴女日記 ブログランキングへ...

掛川城(1)霧吹き井戸

永禄11年(1568年)今川氏真は、甲斐の武田氏に駿河を追われ、朝比奈泰朝のいる掛川城に立てこもりました。翌年、徳川家康は掛川城を攻めますが、泰朝の守りはかたく、なかなか落城しませんでした。しかし、ついに和睦により氏真の身の無事を家康に認めさせる条件で、泰朝は開城を決意しました。氏真と泰朝は1569年2月8日(永禄12年1月23日)に掛川城を開城し、小田原城へ退去。掛川城には城代として家康の重臣・石川家成・康通親子...

富士山本宮浅間大社

楽市楽座といえば、真っ先に織田信長が浮かぶと思いますが、今川氏真は信長に先駆けて、早くから商人たちが自由に商いを行える楽市の重要性に注目し、永禄4年、藤枝市の清水寺で年2回市を立て、楽市を行いました。また、永禄9年、富士宮市でも楽市を行いました。富士山本宮浅間大社の門前町で始めた楽市によって、古参の商人たちの利権が見直され、新興商人も商いに広く参加できるようになったといいます。【発給者】今川氏真 永...

興津と塩の道

興津という地名は、興津の宗像神社祭神の興津島姫命(おきつしまひめのみこと)がこの地に住居を定めたことからとの説、また平安末期から興津氏が居住していたのでその名を地名にしたとの説もあります。昨年の夏、興津~静岡をまわってきました。興津宿には本陣が2軒ありました。興津宿東本陣跡東本陣は、教敬山耀海寺を開いた市川法清を祖にもつ市川家が務めました。興津宿西本陣跡西本陣は手塚家が務めました。寛永12年(1635年)...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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