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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [西郷どん ] 記事一覧

勝海舟が名付けた四合稲荷

初めて、赤坂の氷川神社を参拝しました。六本木一丁目で下車し、ビルの合間を通り抜けて行くと、緑に囲まれた森があります。元禄の頃、この地は、忠臣蔵・浅野内匠頭の夫人 瑤泉院の実家である浅野土佐守邸跡で、大石内蔵助が討ち入り前に訪れて別れを告げたといわれています。内匠頭切腹後、瑤泉院はここに預けられていました。「雪の別れ」で有名な南部坂が近くにあります。氷川神社社殿この社殿は、本殿・幣殿・拝殿の三つの建...

勝海舟が修行した弘福寺

墨田区向島の弘福寺は、黄檗宗の名刹で、山門、本堂の屋根などに唐風の建築様式が使われています。勝海舟は青年時代、剣術の師匠・島田虎之助の奨めで、この寺で修行したと伝えられています。咳の爺婆尊ここで、久しぶりに、井伊家に関わるものが登場!!井伊直武が寄進したという「貞享五年」銘梵鐘にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参...

西郷南洲翁宅地跡

19日の紀行で紹介されたので、再アップします!鹿児島中央駅から「ナポリ通り」を東に向かいます。 ナポリ通りとは、鹿児島市と姉妹都市であるナポリから名付けられたそうです。4月初旬、通りに植えられたツツジが綺麗に咲いていました。この通りを約200ほど歩いたところに共研公園があります。この公園の入り口あたりが、西郷一家が安政2年(1855)から明治2年(1869)まで暮らした西郷南洲翁宅地です。西郷隆盛は、下鍛冶屋町(現在...

勝海舟揺籃の地

墨田区の坂田建設の前に「勝海舟揺籃の地」の碑が建てられています。揺籃とは幼児期のことをいいます。父・小吉は本所南割下水内で何度か転居し、海舟が9歳の時に本所入江町の旗本・岡野孫一郎の敷地で過ごしていたそうです。(ここには、説明板はありません。)にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加しています。ご協力お願いしますm(__)m...

勝海舟ゆかりの牛島神社

隅田川にかかる言問橋の近くに牛島神社という神社があります。鳥居をくぐって、後ろを振り向くと、スカイツリーが目の前に見えます。牛島神社は、本所の総鎮守で、「牛の御前」とよばれていました。本所一帯が、かつて牛島とよばれていたことから、牛島神社となったそうです。創建は、貞観年間に慈覚大師によるものとされています。勝海舟は、従兄の男谷聖一郎に剣術を学んだ後、浅草新堀の島田虎之助道場に入門し、道場で稽古に励...

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Author:しずか
毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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