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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [西郷どん ] 記事一覧

寛永寺 上野東照宮の華麗なる社殿

500円の拝観料で上野東照宮の透塀内を見学できます。大楠樹齢600年以上の上野の祖木といわれている御神木。幹の太さは8m以上で上野公園一なのだそう。 栄誉権現社御狸様とも呼ばれ、江戸時代に大奥など安置される各所に災いをもたらし、 大正年間に東照宮に寄贈されてから災いがなくなったといわれています。 他を抜く狸という縁起から強運開祖、受験・就職・必勝の神様として信仰され、毎年多くの受験生が合格祈願にお参りに来て...

寛永寺 徳川家康・吉宗・慶喜を祀る上野東照宮 

上野東照宮の正式名称は「東照宮」ですが、他の東照宮との区別のために鎮座地名をつけて上野東照宮と呼ばれ、徳川家康・徳川吉宗・徳川慶喜を祀っています。1616年(元和2年)2月4日、天海僧正と藤堂高虎は危篤の徳川家康の枕元に呼ばれ、三人一つ処に末永く魂鎮まるところを作って欲しいと遺言。 天海僧正は藤堂高虎らの屋敷地であった今の上野公園の土地を拝領し、東叡山寛永寺を開山。境内に多くの伽藍や子院が建立しました。1627...

勝海舟が愛した洗足池

東急池上線洗足池駅から中街道を渡ると洗足池が広がっています。新政府軍との交渉のために、勝海舟が池上本門寺へ赴く道中立ち寄ったといいます。 かつては、千束郷大池と呼ばれていましたが、1282(弘安5)年、日蓮が身延山から常陸の温泉に行く途中、ここで足を洗ったという伝説から洗足池といわれました。公園の入り口にはボート乗り場があります。この日は晴天に恵まれ、池の西側から一周してみました。区指定名勝 洗足池洗足...

徳川慶喜が謹慎した駿河の宝台院

江戸城は、慶応4年(1868)4月11日に新政府軍に明け渡され、彰義隊や旧幕臣の暴発を恐れた徳川慶喜は、11日午前3時に寛永寺大慈院を出て水戸へ向かいました。水戸では弘道館の至善堂にて引き続き謹慎した後、7月に徳川家が駿府に移封されると、慶喜も駿河の宝台院に移って謹慎。これにより、徳川家による政権は幕を閉じ、以後、幕府制度や征夷大将軍の官職は廃止され、慶喜は日本史上最後の征夷大将軍となりました。 JR静岡駅北口か...

勝海舟の常宿となった常林寺

出町柳駅のバス停前にある常林寺は浄土宗の寺院で、天正元年(1573)、念仏専修僧、魯道(ろどう)によって開創されました。天正19年(1591年)頃、豊臣秀吉の都市政策によって、寺町通荒神口東入ル南側、御土居のそばに寺地が割り当てられ建立されました。江戸時代には知恩院の役番として活躍。寛文11年(1671年)1月15日、梨木町からの出火により焼失。同年8月29日に現在地へ移転。元禄11年(1698年)に第7世英譽によって現在の...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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