大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [東郷平八郎 ] 記事一覧

鹿児島の旅(31)薩英戦争にも従軍した東郷平八郎

東郷平八郎は、弘化4年12月22日(1848年1月27日)、薩摩国鹿児島城下の加冶屋町二本松馬場(下加治屋町方限、現・県立鹿児島中央高校化学講義室付近)に、薩摩藩士・東郷実友と堀与三左衛門の三女・益子の四男として誕生。幼名は仲五郎。14歳の時、元服して平八郎実良と名乗り、文久3年(1862年)16歳の時、生麦事件が原因で薩英戦争が起り、父や兄とともに薩英戦争に従軍し初陣しました。妻は海江田信義の娘テツ。にほんブログ村 ...

鹿児島の旅(21)仙巌園・鶴嶺神社

鶴嶺(つるがね)神社仙巌園の中に鎮座する島津氏の先祖を祀る為に明治2年(1869年)に創祀された神社。島津氏初代・島津忠久以降の歴代当主とその家族、及び分家筋の玉里家歴代当主とその家族が祀られています。歴代当主を祀ることから、不仲であったとされる島津斉興と島津斉彬父子も共に祀られています。西南戦争の際、島津家は中立を保っていたにもかかわらず、当神社は官軍の強奪被害に遭い、多数の貴重な文化財を失いました...

彦根藩士・遠城謙道(おんじょうけんどう)の碑

井伊直弼像の隣には、彦根藩士であった遠城謙道(おんじょうけんどう)の石碑があります。文政6年(1823)生まれで、彦根藩の鉄砲足軽(善利組)に所属。井伊直弼と直接の関わりはなかったものの、人一倍、忠義心に篤い人物でした。桜田門外の変で直弼が亡くなり、彦根藩に対する幕府の対応の冷たさに憤り、江戸で出向いて幕府に上訴しましたが果たせず、謹慎後に彦根の清凉寺で出家し、東京・豪徳寺の直弼の墓を亡くなる明治34年(19...

早稲田大学(2)大隈重信立像

大隈庭園を見学したついでに、キャンパスを散策することに。 早稲田大学は、江戸時代末期の蘭学校である北門義塾(柳田藤吉の創設)の明治5年閉校後、その意思を受継ぎ、隣地に大隈重信が明治十四年の政変で下野した後に設立した東京専門学校を前身とし、日本の私立大学では慶應義塾大学(「早慶」の慶)などと共に最も古い段階で大学令に基づく大学となった。当初は、創立者・大隈重信の別邸が東京府南豊島郡早稲田村に、また、...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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