FC2ブログ

大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」「いだてん」「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [麒麟がくる ] 記事一覧

斎藤道三の菩提寺・常在寺

岐阜市梶川町の常在寺は、京都妙覚寺の末寺で、斎藤道三と父・長井新左衛門尉が二代にわたり美濃国を制する拠点とした寺です。室町時代の宝徳2年(1450年)美濃国守護代斎藤宗円の子で、土岐家守護代として当時事実上美濃を支配していた斎藤妙椿(みょうちん)が、妙覚寺から世尊院日範を招き建立。戦国時代に入ると、斎藤道三が、妙覚寺の僧だった父・長井新左衛門尉の美濃国に築いた地位を基盤として、美濃国主となり、この寺に...

織田信長ゆかりの円徳寺(3)織田秀信が剃髪した寺

円徳寺は、信長だけでなく、織田信忠の長男、織田信長の孫である織田秀信ゆかりの寺でもあります。秀信というよりも、本能寺の変後の清洲会議で、秀吉に支持され、3歳で織田家を相続した「三法師」という方が、馴染みがあるかもしれませんね。天正8年岐阜城に生まれ、天正20年、岐阜城主に。関ケ原の戦で石田三成の誘いをうけて西軍となり、岐阜城に籠城。東軍の福島正則、池田輝政らの攻撃を受けて降服。福島正則が「自らの武功と...

織田信長ゆかりの円徳寺(2) 信長寄進の梵鐘

円徳寺には、永禄7年(1564年)に織田信長が寄進したといわれる梵鐘が寺宝として残されています。織田信長寄進の梵鐘岐阜市重要文化財に指定されています。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加しています。ご協力お願いしますm(__)m歴女日記 ブログランキングへ...

織田信長ゆかりの寺・円徳寺(2) 楽市楽座発祥の地

永禄7年(1564年)に織田信長が岐阜城主となると、円徳寺は土地を寄進されて現在地に移り、その際門前に市が開かれました。 永禄10年(1567年)、永禄11年(1568年)に信長が楽市楽座の制札を発給。 その後、岐阜城主となった池田輝政も楽市楽座の制札を掲げ、織田信長の制札と共に平成5年(1993年)に国の重要文化財に指定されました。こちらに標柱がありますが、「楽市楽座の制札」は現在、岐阜市歴史博物館にあります。岐阜市歴...

織田信長ゆかりの円徳寺(1)織田塚

一方、こちらの円徳寺にも織田塚があります。前の記事で紹介した霞町の織田塚から歩いて4~5分ほどのところにあります。円徳寺は、上加納村長旗(現在の岐阜市長旗付近)にあった浄泉坊が前身といわれています。天文16年(1547年)織田信長の父、織田信秀が岐阜(当時は井ノ口)に攻め入った際、斎藤道三に大敗し、5,000人の戦死者が出ました。この戦死者を弔うための織田塚が、浄泉坊に築かれ、現在も円徳寺境内に安置されています...

左サイドMenu

プロフィール

しずか

Author:しずか
毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

最新記事

最新トラックバック

カテゴリ

光 (3)

FC2カウンター

オンラインカウンター

現在の閲覧者数:

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
44位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
16位
アクセスランキングを見る>>

アクセス解析