大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [徳川秀忠 ] 記事一覧

大坂夏の陣 「徳川秀忠の御旗奉行を務めた安藤正次の墓」

大阪市平野区の樋尻口地蔵堂向かいに安藤正次の墓あります。安藤次右衛門尉正次は徳川家の二千石の旗本で、御旗奉行として徳川秀忠に直属し、元和元(1615)年5月7日、大坂落城直前に秀忠の使者として前田利常、本多康紀両軍に、敵陣へ肉薄するようにとの命令を伝えました。 その際に、数騎の敵兵に出会い、首級を挙げたが自らも重傷を負い家来に助けられて撤退した。その活躍を秀忠に功名したと称されましたが、宿舎にしていた平...

大阪の冬の陣 徳川秀忠の本陣跡・御勝山古墳

御勝山古墳は、5世紀前半に築造された南北112m、東西55m、高さ約8mの前方後円墳です。現在は前方部が御勝山通りと御勝山南公園になり、後円部のみ残存しています。一説によると、大小橋命(オオバセノミコト)の墓であるともいわれていますが定かではないそうです。昔は岡山とも呼ばれていましたが、1614~1615年、大阪冬の陣、夏の陣で徳川秀忠が本陣をここに構え、その戦勝を記念して御勝山と呼ばれるようになりました。その戦の...

徳川秀忠誕生の井戸

お江の三番目の夫になる徳川秀忠は、家康の三男として、遠江国(静岡県)浜松に生まれました。母は側室の西郷局。彼女は、浜松城に奉公に出て家康の目に止まり、二代将軍の秀忠を生みました。同母弟は、四男松平忠吉。長兄・松平信康は秀忠の生まれた年に自害、次兄の秀康は、秀吉の養子に出され、のちに結城秀康となったため、また母親が三河の名家であるということもあり、秀忠が、実質的な世子となりました。天正18年(1590年)に...

五社神社と諏訪神社

浜松城から歩くこと10分。五社神社・諏訪神社があります。昭和35年(1960)、隣接して鎮座していた五社神社と諏訪神社を合祀し、五社神社・諏訪神社となりました。両社ともに徳川2代将軍秀忠の産土神(うぶすながみ)として徳川家の崇敬を受け、子守り、子育ての神としての信仰されています。五社神社五社神社は、太玉命、武雷命、斎主命、天児屋根命、姫大神の五柱の神を主祭神とし、ここから「五社神社」という社名になったそう...

徳川将軍家から崇敬を受けた白山神社

文京区白山にある白山神社は、地下鉄三田線白山駅から徒歩2分ほどのところにあります。社伝によれば、創建は948年、加賀一宮白山神社を現在の本郷一丁目の地に勧請したものと伝えられています。後に元和2(1616)年に秀忠の命で、巣鴨原(現在の小石川植物園内)に移されました。その後、承応元(1652)年5代将軍・綱吉が館林藩主の時、小石川御殿造営地となり、明暦元(1655)年、現在地に移転しました。この縁で綱吉と桂昌院の厚い帰...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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