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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「光る君へ」「どうする家康」「鎌倉殿の13人」「青天を衝け」「麒麟がくる」「いだてん」「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [渋沢平九郎 ] 記事一覧

渋沢平九郎の追懐碑

血洗島の中の家の敷地には、尾高惇忠の弟で、栄一の養子となった渋沢平九郎の追懐碑があります。渋沢栄一によって、東京谷中の霊園に建立されたものでしたが、墓地縮小のため、深谷市に寄贈され、中の家に移設されました。渋沢平九郎追懐碑飯能戦争で若くして亡くなった平九郎の死を惜しんで、義父である栄一によって書かれました。平九郎は、弘化4年(1847)、武蔵国榛沢郡下手計村(現・埼玉県深谷市)の尾高家に生まれました。慶...

尾高平九郎、渋沢栄一の見立養子へ

尾高平九郎は、弘化4年(1847年)11月7日、武蔵国榛沢郡下手計村(現・埼玉県深谷市下手計)名主の尾高勝五郎保孝の末子として誕生。兄妹には、長男・尾高惇忠、長女・みち、次女・こう、次男・長七郎(弘忠)、三女・千代、四女・くにがいました。尾高惇忠の生家この尾高惇忠生家は、江戸時代後期に惇忠の曽祖父・磯五郎が建てたものと伝わっています。当時は「油屋」の屋号で呼ばれ、この家で、見立養子となった平九郎、栄一の妻...

渋沢栄一の生誕の地(5)中の家 「渋沢平九郎追懐碑」

中の家の敷地に立つ3つの碑を紹介します。3つとも渋沢栄一によって、東京谷中の霊園に建立されたものでしたが、墓地縮小のため、深谷市に寄贈され、中の家に移設されました。渋沢平九郎追懐碑尾高惇忠の弟で、栄一の養子となった渋沢平九郎の追懐碑。飯能戦争で若くして亡くなった平九郎の死を惜しんで、義父である栄一によって書かれました。渋沢平九郎は、弘化4年(1847)、武蔵国榛沢郡下手計村(現・埼玉県深谷市)の尾高家に生...

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