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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [源頼朝 ] 記事一覧

油山寺(4)源頼朝寄進の三重塔

油山寺の三重塔は建久元年(1190年)源頼朝が眼病全快のお礼に建立されたものであり、その後、遠江国守護職工藤祐経が薬師堂と共に普請奉行をした塔です。内陣には、弘法大師作と伝えられる大日如来を安置し、塔の高さはおよそ23メートル、上層は唐様と天竺様を用い、中下層は和様式、三手先組一式、上層は2.3メートル四桃山期の姿を今に伝え、桃山の三名塔の一つに数えられています。方、中層は2.8メートル四方、下層は3.6メート...

鳳来寺(3)源頼朝ゆかりの鳳来寺 本堂~鐘楼

寺伝では大宝2年(702年)に利修仙人が開山、霊木の杉から本尊・薬師如来、日光・月光菩薩、十二神将、四天王を彫刻したと伝わっています。 文武天皇の病気平癒祈願を再三命じられて拒みきれず、鳳凰に乗って参内したという伝承があり、鳳来寺という寺名及び山名の由来となっています。 利修の加持祈祷により、天皇は快癒し、この功によって伽藍が建立されたといいます。 源頼朝が平治の乱で落ち延びた際、 この鳳来寺の医王院で13...

鞭崎神社

滋賀県草津市の鞭崎神社の創建は白鳳4年(676)、大中臣清麿が天武天皇の勅命により勧請したのが始まりと伝えられています。当初は矢橋八幡宮と称していましたが建久元年(1190)、源頼朝が上洛の際、矢橋の浦から鞭にて神社の森を指し、村人に当社の事を尋ねた故事から鞭崎八幡宮と称するようになりました。以来、頼朝は当社を深く崇敬し建久3年(1192)には社領を寄進し社殿を造営していました。現在の表門は、元々...

建部大社

社伝によると、景行天皇46年(116年)に神崎郡建部郷千草嶽(現在の東近江市五個荘伊野部町付近の箕作山)に、景行天皇の皇子である日本武尊を建部大神として祀ったのが始まりとされ、天武天皇4年(675年)に現在地である栗太郡勢多へ遷座しました。一の鳥居二の鳥居三本杉孝徳天皇の御代天平勝宝7年(755年)大己貴命を権殿へと奉祀された際、一夜にして成長したと伝わる御神木の三本杉。神門源頼朝が平治の乱に敗れて伊豆国...

富士川の合戦(1)平家越えの碑」

JR吉原駅駅から歩いて15分ほど、和田川の橋のたもと北側に、平家越の碑があります。ここは、治承4年(1180)、富士川を挟んで、平家軍が陣を構えた場所といわれています。富士川の合戦は、源頼朝、武田信義軍対平維盛軍との戦いで、頼朝が直接兵を率いて平家と相対した初めての戦です。石橋山の戦いで頼朝は大庭景親、伊東祐親率いる平家方に惨敗。 頼朝は逃げ延び、土肥実平の手引きで船を仕立てて真鶴岬から安房国へ向かいました...

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Author:しずか
毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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