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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「光る君へ」「どうする家康」「鎌倉殿の13人」「青天を衝け」「麒麟がくる」「いだてん」「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [弁慶(鎌倉殿の13人 ] 記事一覧

義経一族を祀る弁慶塚

茅ヶ崎の鶴嶺神社の大きな赤い鳥居横には、弁慶の霊を鎮めるために里人が建てたと言われている「弁慶塚」があります。 弁慶塚の由来 武蔵国稲毛(川崎市)の領主、稲毛三郎重成が亡妻の冥福を願い相模川に橋を架け、建久9年12月28日その落成供養を行った。 源頼朝は多数の家臣を引きつれてこの式に参列。盛大な落成式が行われた。頼朝はその帰途鶴嶺八幡宮附近にさしかかったとき、 義経・行家ら一族の亡霊があらわれ、乗馬が棒...

藤沢を訪ねて(4)常光寺の弁慶塚

藤沢本町駅から歩いて10分ほどのところの常光寺というお寺の裏山に、弁慶を供養したという「弁慶塚」が庚申塔とともにあります。弁慶塚と書かれているようですが、石の表面が削られていてはっきり見えませんでした。画像で確認できるでしょうか。なぜここに弁慶が祭られたのか?ここには以前、八王子権現社という白旗神社(義経を祭る)の末社がここにあったことから、弁慶塚が残されているようです。「義経 弁慶と五条の橋で戦ふ...

義経の逃避行(5)安宅の関~如意の渡し

義経の逃走ルートを追って、石川県小松市の「安宅の関」にやって来ました。兄の源頼朝に追われる立場となった源義経は、かつて世話になった奥州・平泉の藤原氏を頼ろうと旅立つが、これを捕らえようと頼朝は各地に関所を設けた。1187年、山伏姿に変装した義経主従一行は安宅の関に到着。怪しいと感じた安宅の関守・富樫康家は東大寺復興勧進のため諸国を廻っているという弁慶に勧進帳を読ませる。何も書かれていない勧進帳を弁慶は...

義経の逃避行(1)大物主神社「義経弁慶隠家跡」

2011年のことになりますが、尼崎の大物主神社を訪ねました。尼崎という地名は、平安時代の末から鎌倉時代初めに書かれた史料に、「尼崎浜は大物の南、河を隔て、久安以後の新出地なり」と記されていて、尼崎は久安年間(1145~51)頃に形成された土地なのだそうです。尼崎の「あま」は、今では海に潜って貝などを採る女性を指しますが、古代・中世においては、漁民・海民を意味していました。また、崎(さき)は岬同様、海に突き出...

源氏ゆかりの園城寺(2)弁慶の引き摺り鐘

園城寺(三井寺)の弁慶堂の中には、武蔵坊弁慶ゆかりの鐘と汁鍋があります。弁慶の引き摺り鐘俵藤太こと藤原秀郷がムカデ退治のお礼に琵琶湖の竜神から授かった鐘だと言われ、その後比叡山と三井寺の争いに際して、弁慶が奪って比叡山に引き摺り上げたが、鐘が「イノー」(「帰りたいよう」)と鳴ったので、弁慶が怒って谷底へ捨てたという伝承があります。鐘の表面に見られる擦り傷やひびはその時のものだと。しかし、史実では、こ...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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