大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [白河天皇 ] 記事一覧

瀬戸内紀行(22)白河院の勅願寺・尾道の西国寺

尾道の西国寺は、山門の大草鞋が目印です。108段の石段を上ります。西国寺は、1108年、白河法皇により勅願寺となりました。天平年中(729~749)僧行基の開基と伝えられる。治歴2年(1066)火災にかかり本堂、五重塔などことごとく焼失した。当時の住職慶鑁和尚は、京都仁和寺の性信法親王に師事し、白河院を頼って復興を願い、金堂など七堂伽藍が再建された。官寺として末寺も百数ケ寺を数える備後備中安芸にわたる西国一の大寺と...

白河院成菩提院陵

清盛の実の父親と噂され、院政をしいた白河法皇は、鳥羽に三重塔の寿陵を造営し、ここに納骨するようにとの遺言を残し、1129年崩御されました。納骨塔が凶方に当たるとして、吉方になるまで、洛北の香隆寺に仮安置し、成菩提院陵が落成された1131年に三重塔下に改葬されました。塔はその後焼失し、現在の伏見区竹田浄菩提院町の白河院成菩提院陵(じょうぼだいいんのみささぎ)には、方丘と拝所があり、宮内庁の管轄地となっていま...

白河南殿

白河南殿は、白河上皇が建立した御所で、白河泉殿や白河御所とも称され、現在の岡崎公園辺りの左京区聖護院蓮華蔵院にありました。蓮華蔵院は、清盛の祖父・平正盛の造営であり、九体阿弥陀仏は、平顕盛の寄進で、後に三重塔も造られました。後で造られた北殿に対し、南殿や南本御所とも呼ばれました。白河南殿は、景勝地としても知られ、花宴なども催されたそうですが、今はこの石碑が立つのみです。F2ブログランキングに参加して...

白河法皇・鳥羽法皇院政の地

京都市伏見区竹田浄菩提院町、鳥羽天皇陵の向かい側、安楽寿院の入り口辺りに、白河法皇・鳥羽法皇院政の地の石碑があります。白河上皇は57年にわたり、政治の実権を握り、鳥羽離宮を造営しました。白河天皇は後三条天皇の第一皇子で、1072年に後三条天皇から譲位され、第72代天皇となりましたが、1086年に子の善仁親王(堀河天皇)に譲位して上皇となり、実質的に最高権力者の地位を維持し続ける院政を開始しました。上皇が出家した...

白河院址

市バス「法勝寺町」下車し、京都市動物園近くに私立学校共済の「白河院」という宿泊施設があります。この辺りは、かつて藤原良房の別荘があり、後に藤原師実によって白河天皇に献上されました。この白河院を改装して建てたのが六勝寺のうちの法勝寺で、発掘調査の結果、八角九重大塔がそびえ建ち、大きな池を中心にした庭園がある壮大なものであったと推定されています。 六勝寺とは平安時代後期の院政期、天皇、皇后により、白河...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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