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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「どうする家康」「鎌倉殿の13人」「青天を衝け」「麒麟がくる」「いだてん」「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [水野忠政 ] 記事一覧

水野忠政ゆかりの本刈谷神社

刈谷の本刈谷神社は大宝年間(西暦701~704年)に創建された八幡宮を起源としています。八幡社は字天神に鎮座、大宝年間(701~703)の創建で、天文2年(1533年)に水野忠政が刈谷城を築城した際、八幡社は城の北側の台地に奉遷され、明治初期の廃藩置県とともに元の地に奉遷されました。大正2年に八幡宮・八雲社・北野社の三社が合祀されました。水野 忠政(みずの ただまさ)水野家当主。通称は藤七郎、右衛門大夫、下野守。緒川城お...

於大の方の生誕地東浦町(2)乾坤院 (けんこんいん)

乾坤院 (けんこんいん)は、室町時代、文明7年(1475)、緒川城初代城主・水野貞守によって水野家の菩提寺として建立されました。徳川家康の生母・於大の方(伝通院)が四代・水野忠政の娘であり、乾坤院でも供養されている事から、江戸時代には尾張徳川家の庇護を受けました。乾坤とは、八卦で言う所の西北と南西の方位を表し、緒川城から見て西方(乾と坤の間)に造られた事からその名が付けられたと伝えられています。また、乾坤が「...

刈谷を訪ねて(2)刈谷城跡

椎の木屋敷跡から刈谷城跡を目指します。刈谷城は、天文2年(1533年)水野忠政により築城されました。別名「亀城」。城絵図によると、本丸、二の丸、三の丸、御殿等が整備され、その間を堀が取り巻き、大手門から町口門を経て城下町へ通じていました。江戸時代前期の城絵図によると、天守はなく、本丸の北西と南東の隅に櫓がありました。町口門から本丸に向かうと冠門(かぶきもん)があり、冠門をくぐり右に折れたところに大手門が...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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