大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [源為義 ] 記事一覧

源為義の墓(権現寺)

京都の市バス「七条千本下車」で下車し、商店街の間の道を入っていくと、権現寺の前に、源為義の墓があります。権現寺源為義の墓左が顕彰碑、右が供養塔「保元物語」によると、源為義は、保元の乱後、七条朱雀(現在の千本七条辺り)で斬首され、首実検の後、北白河の円覚寺に葬られたとされています。案内板によると、「保元の乱において崇徳上皇方の主力として戦うが敗北し、後白河天皇方についた長男義朝の手で処刑された。保元...

船岡山(1)保元の乱と船岡山公園

今晩の「叔父をきる」は重かったですね(/_;)ちょうど食事時だったのですが、箸が止まってしまいました。結果はわかっていてもそれぞれの胸中を察すると辛いものです。その中でも一番印象に残ったのは、信西の涙ですね。さらりと沙汰を言い渡す面があるかと思うと、時折見せる涙。非情に振る舞う反面、人間らしさをふと見せる信西が印象に残りました。保元の乱で、藤原頼長、崇徳上皇方についた平忠正は、後白河天皇方に敗れ、伊勢...

伴緒社

白峯神宮の境内にある伴緒社は、源為義とその息子である為朝が祀られています。源為義・・・源義親の子。義父である義忠が暗殺され、その犯人とされ逃亡した義綱を14歳で討ち取った。その後藤原摂関家に仕える。保元の乱では、子の頼賢、為朝らと供に上皇側につき、天皇方の義朝、平清盛らと戦ったが、義朝らに敗れた。東国へ落ち延びようとしたが、義朝のもとに降伏、比叡山に出家した。義朝は、為義と弟たちの助命嘆願したが、認...

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Author:しずか
毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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