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大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「光る君へ」「どうする家康」「鎌倉殿の13人」「青天を衝け」「麒麟がくる」「いだてん」「西郷どん」「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Category [藤原道長 ] 記事一覧

清浄華院に納められた法成寺の礎石

2022年、清浄華院に、法成寺の痕跡と思われる巨大な礎石が納められたと聞いて、訪ねてみました。摂関政治の最盛期を築き、権力の絶頂にあった藤原道長は、「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思へば」の有名な望月の歌を詠んだ翌年の寛仁3年(1019年)3月、病となり剃髪して出家。自邸「土御門殿」のすぐ東に、法成寺の造営を始めました。法成寺推定地出土「礎石」平安時代、天皇を凌ぐほどの権勢を誇った貴...

藤原道長によって創建された寺院「法成寺跡」

ここで、一旦京都御苑を出て、寺町通を南に進み、荒神口通に入ると、鴨折高校グランド前に「法成寺跡」の碑があります。法成寺(ほうじょうじ)は、平安時代中期に藤原道長によって創建された寺院です。京極御堂とも称され、道長の異称「御堂殿」「御堂関白」やその子孫御堂流の由来ともなりました。 法成寺跡 寛仁3(1019)年、出家した藤原道長は自邸、土御門殿と東京極大路をはさんだ東で、鴨川の西に九体阿弥陀堂の建立を発願...

藤原道長の邸宅「土御門第跡」

現在の京都御苑の仙洞・大宮御所の北側には、藤原道長の邸宅・土御門第がありました。平安時代のこの辺りは、公家の屋敷や寺院が建つ土地で、東側には紫式部の邸宅跡・廬山寺、その南の鴨沂高校の辺りには、道長が創建した法成寺もありました。寛仁2(1018)年10月16日、道長の「御堂関白記」に和歌を詠んだ記載があり、その歌は藤原実資の日記「小右記」の同じ日に記されており、「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもな...

藤原道長が荼毘に付された葬送地・鳥辺野

鳥辺野(とりべの)は、京都市東山区の阿弥陀ヶ峰(鳥辺山)を中心に西方に広がる山麓一帯を指します。北辺は清水寺南、西大谷を含む辺りから、南辺の今熊野観音寺北、一条天皇皇后定子陵のある鳥戸野陵に至る地域を総称し、鳥部野、鳥戸野とも。平安時代以来、葬送の地として『源氏物語』や『徒然草』に登場し、藤原道長をはじめ、藤原一族も同地で荼毘に付されたといいます。藤原道長『紫式部日記絵巻』より「東の鳥辺野」、「西...

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毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

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