大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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京都東山の秀吉ゆかりの地(3)秀吉の墓・豊国廟

慶長3年(1598年)3月15日、豊臣秀吉は、醍醐寺諸堂の再建を命じ、各地から700本の桜を集めて境内に植えさせて、秀頼や奥方たちと一日だけの醍醐の花見を楽しみました。
しかし、5月より秀吉は病に伏せるようになり、次第に病状は悪化。

徳川家康・前田利家・前田利長・宇喜多秀家・上杉景勝・毛利輝元ら五大老及びその嫡男らと五奉行のうちの前田玄以・長束正家に宛てた十一箇条からなる遺言書を出し、自身を八幡として神格化することや、遺体を焼かずに埋葬することなどを遺言しました。
死期を悟った秀吉は7月4日に居城である伏見城に徳川家康ら諸大名を呼び寄せて、家康に秀頼の後見人になるようにと依頼した。 8月5日、秀吉は五大老宛てに二度目の遺言書を記し、8月18日秀吉は63歳の生涯を終えました。

秀吉の遺体は、遺言通り火葬されることなく伏見城内に安置されていましたが、死去の翌年の1599年(慶長4年)4月13日、遺命により、東山の阿弥陀ヶ峰山頂に埋葬されました。山腹に広壮な社殿が創建され、豊国神社と命名されました。
しかし、慶長二十年、豊臣家滅亡後、徳川家康によって、豊国大明神の神号は剥奪。秀吉の霊は「国泰院俊山雲龍大居士」と名を変えられ、以後仏式で祀ることと定め、神社は徳川幕府により廃絶された後は荒廃してしまいます。

1880年(明治13年)、方広寺大仏殿跡地の現在地に社殿が完成し、遷座が行われたました。
旧福岡藩主の黒田長成侯爵が中心となり境内の整備が行われ、1897年(明治30年)には神社境外地の阿弥陀ヶ峰山頂に伊東忠太の設計になる巨大な石造五輪塔が建てられました。

黒田長成
Kuroda_Nagashige.jpg

この黒田長成公は、先祖と縁の深い秀吉を敬愛しており、豊国神社、豊国廟の復興に力を注いだといいます。

黒田家と秀吉は時が経っても繋がっていたのですね
黒田長成ついてはこちらをご覧ください⇒小田原の清閑亭


先月、豊国廟をお参りして来ました。

豊国廟へは、東山七条の智積院と妙法院の間の豊国廟参道を上がっていきます。

IMG_9251 houkoku

この坂は、参道の途中に左側に京都女子大があることから、「女坂」とも呼ばれています。
この坂だんだんと急になっていくため、結構足にきます。
途中で、京都駅・四条河原町から東山七条・京都女子大学を結ぶ路線バス「プリンセスライン」が私の横を通り過ぎて行きました。
しまった!これに乗るべきだった~

坂道を終わりにやっと鳥居が見えてきました。

IMG_9252 houkoku

まずはこの階段を上がります。

すると、太閤坦と呼ばれる平坦なところに出ます。

IMG_9253 houkoku

ここは徳川幕府により破壊される以前、豊国神社の社殿があったところといわれています。

春は桜の名所にもなっているそうです。

IMG_9262 houkoku

ここからは有料エリア。100円の登拝料が必要になります。

IMG_9253 houkoku

そしてこれが噂の階段(@_@;)

IMG_9255 houkoku

阿弥陀ヶ峰山頂の秀吉の墓まで宿りつくには、全部で565段の急な石段を上らなくてはなりません。

もう足が笑っています。

IMG_9256 houkoku

中門まで来たらあともう一息

IMG_9257 houkoku

しかも咳喘息の発作まで出てしまい、かなり苦しかったのですが、階段の途中まで来ると、もう後戻りはできない気がして、何とか気力で上りました\(^o^)/

IMG_9258 houkoku

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IMG_9254 houkoku

豊国廟 (ほうこくびょう)
 
 豊臣秀吉の廟所である。
 慶長3年(1598)8月18日、秀吉は齢63歳を以って伏見城にて薨じた。遺体は、遺命により、ここ 阿弥陀ヶ峰(あみだがみね)中腹に葬られ、墳上には祠廟、山麓には社殿が建立された。翌年4月18日、遷宮式が行われ、後陽成 天皇から正一位豊国大明神の神階と神号を賜り、以後、毎年盛大な祭礼(豊国祭)が取り行われた。しかし、元和元年(1615)豊臣氏の滅亡と共に、廟は破壊され、墳墓に弔する人もなく、空しく風雨にさらされていた。
 明治30年(1897)、秀吉の三百 年忌に際し、廟宇が再建され、墳上には巨大な五輪石塔が建てられた。
なお、社殿は、明治13年(1880)、旧方広寺大仏殿の 地に、豊国神社として再建されている。    京都市

帰りはこの階段を下りなければならないのですが、手すりがないため、転げ落ちそうで怖かったです。

IMG_9261 houkoku

この晩、足が何か所か内出血していました。
歩き過ぎるとそうなることがあるのですね。
翌日は肉離れしたのかと思うほど足が痛く、まともに歩けませんでした。
関ヶ原古戦場を歩き回っても大丈夫だったのに、急な階段一気に上がるのはかなり足に負担をかけるのでしょうね。
普段の運動不足を実感しました(;O;)

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コメント

NoTitle 

大丈夫ですか?!

怖いけど登ってみたいです!

毎日カーブスで鍛えているのでいけるかも!
  • シネマ大好き娘 
  • URL 
  • 2014年11月10日 03時03分 
  • [編集]
  • [返信]

豊国廟! 

4度目でやっと登った豊国廟!
抜群の京都の景色が見えると思ったら樹木邪魔して全然見えず!途中で少し見えました。
写真抜群です!
  • willy_tsuguo_shikata 
  • URL 
  • 2014年11月10日 06時03分 
  • [編集]
  • [返信]

シネマ大好き娘さんへ 

え~~行けそうですか!

毎日の運動は大切ですね。

私はジムをやめてしまったので、こうして歩かない限り

定期的な運動してません(-_-;)
  • しずか 
  • URL 
  • 2014年11月10日 10時39分 
  • [編集]
  • [返信]

四方さんへ 

四方さんも登られているのですね。

>抜群の京都の景色が見えると思ったら樹木邪魔して全然見えず!途中で少し見えました。

そうなんですよね。
高いところに上ったからといって、必ずしも景色を見渡せるわけではないのを実感しました。
  • しずか 
  • URL 
  • 2014年11月10日 10時41分 
  • [編集]
  • [返信]

NoTitle 

京都の某大学に通っていた私は
高校時代の友人が京都女子大にいたので
学園祭に毎年遊びに行きました。

女坂を歩くのは
ドキドキしましたねぇ(*^_^*)

応援ぽち

よっちんさんへ 

あら!ではこの坂はよっちんさんにとって思い出の坂なのですね(#^.^#)

応援ありがとうございます!
  • しずか 
  • URL 
  • 2014年11月11日 02時18分 
  • [編集]
  • [返信]

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