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NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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徳川家康ゆかりの史跡めぐり(12)浜松・太刀洗の池

浜松の佐鳴湖半に、「太刀洗の池」という史跡があります。

IMG_5513 B

IMG_5510 B

太刀洗の池の説明 C

案内版によると、

太刀洗の池(たちあらいのいけ)

「太刀洗の池はこの南10m位の場所にあった。昔はこの周囲一帯は藪に覆われ、約50平方m程の池であった。
徳川家康の正室は今川義元の家臣関口刑部少輔義慶の娘で、岡崎の築山にちなんで築山御前と呼ばれたが、政略の犠牲となって、岡崎城から浜松城に向かう途中、佐鳴湖畔小藪で家康の家臣に殺害された。時に天正七年(1579)8月29日、築山御前38歳であった。このとき血刀をこの池で洗ったので、その水が涸れたが、延宝六年(1678)百年忌の法要が行われてから清水に戻ったという。築山御前は西来院に葬られた。現在でもこの一帯を御前谷という。」


この石碑は、土地開発のため移転し、現在は、浜松医療センターの駐車場の一角にあります。

石碑周辺地図

 C

昭和33年頃の「史跡御前谷太刀洗池」の石碑周辺の写真

太刀洗石碑周辺の写真 C

静岡県浜松市中区富塚町328(浜松医療センター バス停前)


築山御前の生涯

駿府の関口義広の娘として誕生。今川義元の姪にあたる。
瀬名姫と呼ばれ、16歳で、当時人質暮らしをしていた松平元康(後の徳川家康)と、義元の一存で、弘治3年(1557年)結婚。実家の関口家の豪華な館で贅沢な暮らしを送っていた。
永禄2年(1559年)には、長男・竹千代(信康)誕生。

しかし、永禄3年(1560年)桶狭間の戦いにて、伯父の今川義元が討たれると、幸せな日々は一転。この戦に元康も参戦(大高城への兵糧入れ)していたのだが、原隊の駿府に戻らず、岡崎へ帰ってしまったのである。
これにより、駿府の怒りは、瀬名姫と父・関川氏に向けられ、ついには関川氏が切腹させられることになる。

瀬名姫は、三河領にいた今川兵の人質交換という形で、駿府から子供達と共に元康の根拠地である岡崎に移った。
元康は家康と改名。
しかし、駿府に比べると、岡崎城は小さくて貧相。
城中の女たちの態度も冷たかったという。
一方、家康の実母・於大の方との関係もうまくいかず、岡崎城は、嫁姑戦争の舞台に。
ついには、城の北側の小高い山=築山に別居新殿を構えることになる。
それゆえ、築山御前と呼ばれるようになった。
そして、まだ幼い竹千代(信康)と信長の娘・徳姫が結婚。
徳姫は、築山御前にとっては、怨敵の娘。息子の嫁として、不快でないわけがなかった。

11歳になった竹千代は、元服し、信康と改名。
これを機に、家康は、天下統一を計るため、岡崎城を信康に譲り、自らは浜松城に移った。
この頃の家康の敵といえば武田信玄である。元亀3年(1572年)には、三方ヶ原の戦いで、家康は、武田軍に敗北を喫した。信玄死後、勝頼の時代になっても、徳川と武田の抗争は続いた。天保3年(1575年)、長篠の戦で、武田勢は敗北するが、勝頼は、たびたび東三河に攻めてきた。

築山御前は、息子夫妻と暮らすことを選び、岡崎に残った。
しかし、嫁の徳姫が産んだ子供が、二人とも女の子で、いつまでたっても男子を産まないため、築山御前は、元武田家の家臣で、後に徳川家の家臣となっていた浅原昌時の娘を、信康の側室に迎えさせた。
そして、武田勝頼に通じて、家康と信長を滅ぼし、信康を徳川家当主にする計画を立て、勝頼は、この申し入れを承諾し、覚え書きを送ったとされる。
しかし、このことを、築山御前の侍女が知り、徳姫の侍女に告げた。二人は姉妹だったという。
 
天正7年(1579年)、夫と不和の状態になっていた徳姫は、築山御前が徳姫に関する讒言を信康にしたこと、築山御前と唐人医師減敬との密通、武田勝頼との内通、信康の残忍な行為など、12ヶ条からなる書状を、家老の酒井忠次の託して、信長に届けさせた。
これにより信長が、家康に築山御前と信康の処刑を命じたとされる。
信長の指図に逆らえなかった家康は、家臣に築山御前暗殺を命令する。
天正7年(1579年)8月29日(陰暦)のこと。「野山が色づき始める頃、浜松へ出てくるように・・・」という便りに、築山御前は、うきうきしながら化粧を施し、輿に乗ったという。岡崎から浜名湖を過ぎ、浜松城に向かう途中、佐鳴湖岬(小藪村)まで来た時、急に輿が降ろされた。築山御前は、家康の家臣・野中によって殺害され、38歳の生涯を閉じた。
その時、「怨霊となって、子孫にたたる」と言って死んだとされている。
築山午前の死後、殺害に関わりのあった人達の中で、「かったい」(ハンセン病)になるなど、子孫に害が及ぶとか、築山殿の怨霊にて、いろいろ不思議の事も有て、皆殺し給うと聞えし」(「松平記」)との話が伝えられている。
息子の信康は、9月15日に遠州二俣城で切腹、享年21歳。

「歴史読本」「一個人」「Wikipedia」参照


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Comment

NoTitle 

21歳は若すぎる~~~>_<
  • posted by シネマ大好き娘 
  • URL 
  • 2015.04/01 03:26分 
  • [Edit]

太刀洗いの池! 

此処もしずかさんの案内で家内ともども見学しました懐かしい所です!
ありがとうございました。
本当に>息子の信康は、9月15日に遠州二俣城で切腹、享年21歳。
家康公は関ヶ原の戦いで、最初は苦戦!今息子がいたらなあ!とつぶやいたそうです!側近が「秀忠さまのことですね」と言うといや、彼奴ではない、長男のことだ!と言ったそうです!
  • posted by willy_tsuguo_shikata 
  • URL 
  • 2015.04/01 04:58分 
  • [Edit]

NoTitle 

今日も仕事でまだ職場にいます。
帰宅は明日になりそうです(+o+)

週末も仕事で桜を見に行けそうもありません。
悲しい4月です…

応援ぽち
  • posted by よっちん 
  • URL 
  • 2015.04/01 22:18分 
  • [Edit]

NoTitle 

築山御前が家康に殺された詳しいことが
わかりました。

戦国時代は、生きていくのに厳しい時代でした。
今日生きても、明日生きている保証が無い時代でした。
名門に生まれた築山御前も時代に殺されたたのでしょう。
  • posted by ラメール 
  • URL 
  • 2015.04/02 03:17分 
  • [Edit]

Re: NoTitle 

> 21歳は若すぎる~~~>_<

人生これからだというのにお気の毒でした(:_;)
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2015.04/02 03:48分 
  • [Edit]

Re: 太刀洗いの池! 

> 此処もしずかさんの案内で家内ともども見学しました懐かしい所です!
> ありがとうございました。
> 本当に>息子の信康は、9月15日に遠州二俣城で切腹、享年21歳。
> 家康公は関ヶ原の戦いで、最初は苦戦!今息子がいたらなあ!とつぶやいたそうです!側近が「秀忠さまのことですね」と言うといや、彼奴ではない、長男のことだ!と言ったそうです!

正妻についてもですが、この信康の殺害についても考えに考え抜いての選択だったのだと思います。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2015.04/02 03:51分 
  • [Edit]

Re: NoTitle 

> 築山御前が家康に殺された詳しいことが
> わかりました。
>
> 戦国時代は、生きていくのに厳しい時代でした。
> 今日生きても、明日生きている保証が無い時代でした。
> 名門に生まれた築山御前も時代に殺されたたのでしょう。

築山御前については、一般的にはどれくらい知られているのでしょう?

家康、徳川家が生き残るための苦渋の選択だったのですね。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2015.04/02 03:55分 
  • [Edit]

Re: NoTitle 

> 今日も仕事でまだ職場にいます。
> 帰宅は明日になりそうです(+o+)
>
> 週末も仕事で桜を見に行けそうもありません。
> 悲しい4月です…
>
> 応援ぽち

よっちんさん、それは大変ですね(;O;)

ハードワークご苦労様です。

お忙しい中の訪問ありがとうございました。

  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2015.04/02 03:57分 
  • [Edit]

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