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2015.06/20 [Sat]
新選組屯所跡(八木邸)
壬生寺の北隣には、「新選組屯所跡」があります。

屯所跡とは、新選組が西本願寺へ移るまで本拠地としていた八木邸のことで、母屋も長屋もそのまま残されています。

新選組発祥の地跡
ここは, 幕末の頃, 京都の浪士取締りや治安維持に活躍した 新選組の宿所が あったところである。
文久3年(1863)春, 將軍家茂の上洛警護のため, 清川八郎の率いる浪士組が入洛したが, その宿舎の一つとして使われたのが, 当時壬生郷の郷士宅であった当屋敷であった。 浪士組は, 在京20日余りで 再び江戸に戻ったが, 当所に分宿していた, 芹沢鴨, 新見錦, 近藤勇, 土方歳三らは, 引き続き京都の警備のため残留し, 京都守護職松平容保の支配に属して「新選組」と名のった。
当初, 新選組は, 当屋敷に「新選組宿所」の標札を掲げ, 隊員は僅か十数名で発足したが, 次第に隊員が増加し, 付近の農家にも分宿した。以後, 市中の治安維持に努め, 元治元年(1864)の池田屋事件で一躍その名を轟かせた。
翌年の慶応元年(1865)4月, 屯所は西本願寺に移された。
京都市


隊士腰掛の石


芹沢鴨が暗殺された部屋で、ガイドさんの話を聞くことに。
ここでもまた別の修学旅行生と一緒でした。
説明の時間は30分ぐらいあったかな?
なんだか人が殺された部屋に長居するのは嫌な気分でした
説明の後、屋敷内を一巡り。
暗殺事件の際、ついたという刀傷がリアルに残っていました。
新選組壬生屯所跡の見学後は、屯所跡に隣接された京都鶴屋・鶴寿庵に案内され、お抹茶と屯所餅をいただきました。
(これは見学料に含まれています)

こちらは八木家のご子孫が営んでいる和菓子屋さんです。
八木家住宅
八木家は, 壬生村きっての旧家で, かって壬生郷士の 長老をつとめていた。また, 幕末には新撰組の近藤勇, 土方歳三らの宿所となり, 旧壬生屯所として知られている。 建物は, 長屋門が東に開き, その奥に主屋が南面して 建つ。当家に残る普請願から 長屋門は文化元年 (1804), 主屋は文化6年の造営と知られる。
主屋は, 西端に土間を奥まで通し, 土間に沿って居室 を3室ずつ2列に配する。入口は土間部分に開くほか, 東南隅に式台を備えた本玄関を配し, その北に仏間, 奥 座敷を一列に並べて格式ある構成をとっている。長屋門 の外観は, 腰に下見板を張り, 与力窓や出格子窓を開く など, 昔のおもかげをよく残している。
壬生地区は今日 市街化が著しいが, かっては洛中に近 接した農村であり, 当家は幕末期の農家の遺構として, また, 新撰組ゆかりの建築として貴重であり, 昭和 58年6月1日, 京都市指定有形文化財に指定された。
京都市

屯所餅は屯所跡に因んだお菓子で、餅の中には粒餡と細かく刻まれた京野菜の壬生菜が入っています。
屯所餅について⇒コチラ
壬生菜が入っていると聞かなければ、野菜の味がするわけではないので食べても気付かないくらいです。
これなら野菜嫌いの人でも知らず知らずのうちに食べてしまいそう。
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屯所跡とは、新選組が西本願寺へ移るまで本拠地としていた八木邸のことで、母屋も長屋もそのまま残されています。

新選組発祥の地跡
ここは, 幕末の頃, 京都の浪士取締りや治安維持に活躍した 新選組の宿所が あったところである。
文久3年(1863)春, 將軍家茂の上洛警護のため, 清川八郎の率いる浪士組が入洛したが, その宿舎の一つとして使われたのが, 当時壬生郷の郷士宅であった当屋敷であった。 浪士組は, 在京20日余りで 再び江戸に戻ったが, 当所に分宿していた, 芹沢鴨, 新見錦, 近藤勇, 土方歳三らは, 引き続き京都の警備のため残留し, 京都守護職松平容保の支配に属して「新選組」と名のった。
当初, 新選組は, 当屋敷に「新選組宿所」の標札を掲げ, 隊員は僅か十数名で発足したが, 次第に隊員が増加し, 付近の農家にも分宿した。以後, 市中の治安維持に努め, 元治元年(1864)の池田屋事件で一躍その名を轟かせた。
翌年の慶応元年(1865)4月, 屯所は西本願寺に移された。
京都市


隊士腰掛の石


芹沢鴨が暗殺された部屋で、ガイドさんの話を聞くことに。
ここでもまた別の修学旅行生と一緒でした。
説明の時間は30分ぐらいあったかな?
なんだか人が殺された部屋に長居するのは嫌な気分でした

説明の後、屋敷内を一巡り。
暗殺事件の際、ついたという刀傷がリアルに残っていました。
新選組壬生屯所跡の見学後は、屯所跡に隣接された京都鶴屋・鶴寿庵に案内され、お抹茶と屯所餅をいただきました。
(これは見学料に含まれています)

こちらは八木家のご子孫が営んでいる和菓子屋さんです。
八木家住宅
八木家は, 壬生村きっての旧家で, かって壬生郷士の 長老をつとめていた。また, 幕末には新撰組の近藤勇, 土方歳三らの宿所となり, 旧壬生屯所として知られている。 建物は, 長屋門が東に開き, その奥に主屋が南面して 建つ。当家に残る普請願から 長屋門は文化元年 (1804), 主屋は文化6年の造営と知られる。
主屋は, 西端に土間を奥まで通し, 土間に沿って居室 を3室ずつ2列に配する。入口は土間部分に開くほか, 東南隅に式台を備えた本玄関を配し, その北に仏間, 奥 座敷を一列に並べて格式ある構成をとっている。長屋門 の外観は, 腰に下見板を張り, 与力窓や出格子窓を開く など, 昔のおもかげをよく残している。
壬生地区は今日 市街化が著しいが, かっては洛中に近 接した農村であり, 当家は幕末期の農家の遺構として, また, 新撰組ゆかりの建築として貴重であり, 昭和 58年6月1日, 京都市指定有形文化財に指定された。
京都市

屯所餅は屯所跡に因んだお菓子で、餅の中には粒餡と細かく刻まれた京野菜の壬生菜が入っています。
屯所餅について⇒コチラ
壬生菜が入っていると聞かなければ、野菜の味がするわけではないので食べても気付かないくらいです。
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