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2015.11/03 [Tue]
井上公園 井上馨生家跡
湯田温泉駅から温泉街に向かう道に面して、温泉街エリアの入り口にある井上公園は、井上馨の生家跡に作られた公園で、以前は地名をとって高田公園と呼ばれていました。


現在この地には井上馨の銅像をはじめ様々な石碑が立っています。
井上馨銅像




銅像の顎には、傷まで描写されているそう。

井上馨旧邸地石碑

刺客に襲われて重傷を負い、ここに担ぎ込まれた井上は、所郁太郎らの外科手術を受け、一命を取りとめました。
所郁太郎顕彰碑

井上の治療に当たった所郁太郎(ところいくたろう)の顕彰碑。
焼酎で傷口を洗い、麻酔なしで、畳針で50~60針も縫うという手術で、激痛の余り、井上は気絶したといいます。
ここは、幕末の七卿落ち(八月十八日の政変)で、都落ちした三条実美らの七卿が、一時滞留した場所でもあります。
各地から志士が集まり、密議を交わしたので、毛利敬親は、井上邸を増築して七卿を住まわせ、何遠亭と呼びました。
「何遠」とは論語の「何の遠きか之有らん」から取ったものだそうです。
現在、井上公園内に復元され、見学できます。
何遠亭址












七卿の碑

この碑は七卿の忠誠を偲び、大正15年(1926)1月に建てられたものです。


防府市出身の俳人・種田山頭火の句碑や、湯田出身の詩人・中原中也の詩碑などもあります。




また、無料で利用できる足湯や、滑り台などの遊具もあります。
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現在この地には井上馨の銅像をはじめ様々な石碑が立っています。
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銅像の顎には、傷まで描写されているそう。

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井上の治療に当たった所郁太郎(ところいくたろう)の顕彰碑。
焼酎で傷口を洗い、麻酔なしで、畳針で50~60針も縫うという手術で、激痛の余り、井上は気絶したといいます。
ここは、幕末の七卿落ち(八月十八日の政変)で、都落ちした三条実美らの七卿が、一時滞留した場所でもあります。
各地から志士が集まり、密議を交わしたので、毛利敬親は、井上邸を増築して七卿を住まわせ、何遠亭と呼びました。
「何遠」とは論語の「何の遠きか之有らん」から取ったものだそうです。
現在、井上公園内に復元され、見学できます。
何遠亭址












七卿の碑

この碑は七卿の忠誠を偲び、大正15年(1926)1月に建てられたものです。


防府市出身の俳人・種田山頭火の句碑や、湯田出身の詩人・中原中也の詩碑などもあります。




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NoTitle
耐えられませんね>_<