大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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下関の乃木神社

下関市長府にある乃木希典将軍を祀っている乃木神社を参拝しました。

地元では学問の神様として知られています。

大正3年(1914年)、希典の郷里の長府に乃木記念会が結成され、希典が幼少時代を過ごした旧家を復元し、幼少期の像や遺品などを展示する乃木記念館としました。

大正8年(1920年)、乃木記念館に隣設して、希典を祀る乃木神社が建てられました。

IMG_2363 乃木

IMG_2364 乃木

IMG_2365 乃木

拝殿
IMG_2367 乃木

本殿
IMG_2392 本殿

IMG_2373 御神水

IMG_2374 名水

乃木将軍御夫婦銅像
IMG_2376 乃木夫妻


乃木 希典(のぎ まれすけ)は、日露戦争における旅順攻囲戦の指揮や、明治天皇の後を慕って殉死したことで知られています。
幼名は無人(なきと)で、その後、源三と改め、頼時、文蔵、希典と名を改めました。

嘉永2年11月11日(1849年12月25日)、長州藩の支藩である長府藩の藩士・乃木希次の三男として、江戸の長府藩上屋敷(現・東京都港区六本木)に生まれました。

父・希次は江戸詰の藩士であったため、無人は10歳までの間、長府藩上屋敷において生活し、父に厳しく養育されました。

安政5年11月(1858年12月)、父・希次は、藩主の跡目相続に関する紛争に巻き込まれ、長府(現・山口県下関市)へ下向するよう藩から命じられ、無人もこれに同行し、同年12月(1859年1月)、長府へ転居しました。

元治元年3月(1864年4月)、16歳の源三は、学者となることを志して父・希次と対立した後、出奔して、山口県の長府から70km以上離れたおじの玉木文之進への弟子入りするため、萩まで徒歩で向かったといいます。(玉木家は乃木家の親戚筋でした。)

これは、父が厳しすぎて、父から逃げたかったためともいわれています。

しかし、文之進は、源三が父の許可なく出奔したことを許さず、「武士にならないのであれば農民になれ」と源三の弟子入りを拒絶しました。

しかし結局、源三は玉木家に居候することを許され、文之進の農作業を手伝う傍ら、学問の手ほどきを受けた。

元治元年9月(1864年10月)から、源三は萩藩の藩校・明倫館の文学寮に通学することとなりました。

慶応元年(1865年)、第二次長州征討が開始されると、、萩から長府へ呼び戻され、源三は長府藩報国隊に属し、小倉戦争に加わり、奇兵隊の山縣有朋指揮下で戦い、小倉城一番乗りの武功を挙げました。

明治3年、豊浦藩(旧長府藩)の陸軍練兵教官となり、明治4年、大日本帝国陸軍の少佐に任官されます。

明治4年12月、正七位に叙された源三は、名を希典と改めました。

明治8年、熊本鎮台歩兵第14連隊長心得に任じられ、小倉に赴任。不平士族の反乱に呼応する可能性があった山田頴太郎(前原一誠の実弟)が連隊長を解任されたことを受けての人事でした。

連隊長心得就任後、実弟の玉木正誼(たまき まさよし。文之進の実子・玉木正弘が御楯隊員として功山寺挙兵に参加し、元治2年1月21日絵堂の戦いにて戦死したため玉木家の宗家である乃木家から分流の玉木家へ養子に出された)が、しばしば乃木の下を訪問し、前原に同調するよう説得を試みましたが、乃木はこれに賛同せず、山縣にこれを通報しました。

1876年(明治9年)、福岡県で秋月の乱が起きると、乃木は、乱を鎮圧。

この直後、山口県で萩の乱が起こり、弟の正誼(明治7年、文之進の甥であり、吉田松陰の兄にあたる杉民治の長女豊子の婿養子となる)は反乱軍に与して戦死し、玉木文之進は自らの門弟の多くが反乱軍に参加したことに対する責任をとるため自刃。

萩の乱に際し、乃木が麾下の第14連隊を動かさなかったことに対し、陸軍大佐・福原和勝は、乃木に書簡を送り、秋月の乱における豊津での戦闘以外に戦闘を行わず、大阪鎮台に援軍を要請した乃木の行為を非難しましたが、乃木は、小倉でも反乱の気配があったことなどを挙げて連隊を動かさなかったことの正当性を説明したといいます。(Wikipediaより抜粋)


乃木将軍愛馬「壽号」像
IMG_2377 名馬

IMG_2378 名馬

乃木旧邸
IMG_2379 旧邸

IMG_2383 旧邸

IMG_2387 旧邸

IMG_2388 旧邸

IMG_2389 旧邸

IMG_2384 旧邸

IMG_2381 松

IMG_2380 松

IMG_2385 梅井

IMG_2386 梅井

宝物館
IMG_2390 宝物館

IMG_2391 宝物館

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Comment

NoTitle 

桜が綺麗ですね!
  • posted by シネマ大好き娘 
  • URL 
  • 2015.10/28 03:55分 
  • [Edit]

NoTitle 

小学校時代を下関で
過ごしましたが
子供の頃だと何にも理解してなかったんだなと
分かったので
せい君の世界観を間接的に
感じることができたので
有難いです。
  • posted by せいパパ 
  • URL 
  • 2015.10/28 05:54分 
  • [Edit]

乃木神社! 

>下関市長府にある乃木希典将軍を祀っている乃木神社!
とても素晴らしい乃木神社です!ご夫妻の銅像といい、愛馬の壽号の像までもありますね!
  • posted by willy_tsuguo_shikata 
  • URL 
  • 2015.10/28 06:03分 
  • [Edit]

 

菅原道眞くらいなら理解できるのですが、乃木希典を祭神として祀るという感覚には、やはり違和感を感じます。
応援p
  • posted by YUMI 
  • URL 
  • 2015.10/28 12:14分 
  • [Edit]

シネマ大好き娘さんへ 

秋なのに、ここだけはまだ春です(^_^;)
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2015.10/28 14:41分 
  • [Edit]

せいパパさんへ 

せいパパさんは、下関にいらしたのですね。

下関は、今年で二度目の訪問でしたが、何度見ても、関門海峡の眺めは素晴らしいですね!
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2015.10/28 14:43分 
  • [Edit]

四方さんへ 

乃木夫妻の銅像、本物を忠実に再現していると思います。

見所の多い神社です。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2015.10/28 14:45分 
  • [Edit]

YUMIさんへ 

YUMIさん、こんにちは!

正直、私はこの時代の考え方がわかりません。

祭神として祀るという対象も・・・(~_~;)
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2015.10/28 14:49分 
  • [Edit]

NoTitle 

日清、日露…
欧米列強に追いつけ追い越せの風潮が
日本の近代化を促進したのは事実。

でも、二つの戦争で多くの人が死んだのも現実。
それを忘れてはならないですね。

応援ぽち
  • posted by よっちん 
  • URL 
  • 2015.10/28 15:06分 
  • [Edit]

よっちんさんへ 

こんばんは!

今年は、長年平和ボケしてきた日本人が、「平和」について真剣に向き合う年でもありましたね。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2015.10/28 23:10分 
  • [Edit]

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Author:しずか
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