大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Entries

巌流島(4)小次郎・武蔵像

やっと小次郎と武蔵の像が見えてきました。

IMG_2494 銅像

銅像の周りをぐるっと回りながら撮影してみました。

(以下、「巌流島 決闘の地」の案内板の内容です。)

慶長17年(1612)4月13日 (12日・14日説あり)
宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘

IMG_2495 銅像

嘉永2年(1849)7月
吉田松陰が下関周辺を視察。巌流島に上陸。小次郎の墓に参り 「近くの山に二郎兵衛がからいどあり」 と書き遺している。

IMG_2496 銅像

明治43年(1910)10月31日
「佐々木源流の碑」が島に建立される。

IMG_2497 銅像

大正10年(1921)11月2日
斉藤茂吉が渡欧の途中に島に渡り、
「わか心いたく悲しみこの島に命おとしし人をぞおもふ」 など歌三首と随筆 「巌流島」 を残す。その後、斉藤茂吉と菊池寛が武蔵と小次郎の大論争を展開。

IMG_2498 銅像

昭和30年(1955)
巌流島の住民がピーク時約30軒になる(50軒近いとの説あり)

IMG_2499 巌流島

昭和48年(1973)4月
島に残っていた老人1人が島を去り、居住者ゼロとなる。

IMG_2500 銅像

昭和62年(1987)10月4日
巌流島いっぱいに篝火を焚きアントニオ猪木とマサ斉藤のプロレス 「夜のデスマッチ」 興行。

IMG_2501 銅像

平成2年(1990)9月30日
巌流島にて岡山県大原町(武蔵出生地説) と福井県今立町(小次郎誕生地説) が、下関・熊本両市長立会いのもと、姉妹縁組に調印。

IMG_2502 銅像

平成15年(2003)
巌流島整備事業完工。
小次郎像(原型寄付・村重勝久)
武蔵像(デザイン・広瀬直樹) の設置。
浮き桟橋・釣りデッキ・人工海浜の整備。
歴史に触れる観光地としての歩みを始める。

IMG_2503 銅像

NHK大河ドラマ 「武蔵 MUSASHI」 放映
佐々木小次郎像 松岡昌宏 除幕(平成14年12月11日)
宮本武蔵像 市川新之助 除幕(平成15年4月14日)

IMG_2504 銅像

遅れてやってきた武蔵は、櫂の木刀を引っさげ素足で船から降り立った。小次郎は待ち疲れていた。小次郎はいらだち、刀を真っ向に振り立て、眉間めがけて打ちおろした。同時に武蔵も櫂の木刀を打った。その木刀が小次郎の額にあたり、たちどころに倒れた。小次郎の打った刀は その切先が武蔵の鉢巻の結び目に触れ、鉢巻は二つになって落ちた。武蔵は倒れた小次郎を見つめ、また木刀を振りあげて打とうとする瞬間、小次郎が刀を横にはらった、武蔵の袴のすそを三寸ばかり切り裂いた。が、武蔵の打ちおろした木刀は、小次郎の脇腹、横骨を打ち追った、小次郎は気絶し、口鼻から血を流した。武蔵は手を小次郎の口鼻にあてがい、死活をうかがい、一礼して、立ち去った。
          (「二天記」 より要約)

IMG_2505 銅像

小次郎の唇に、微かな笑みが浮かんだ。そして、まだ見開いたままの小次郎の両眼から、急に、生きている光が失せていった、激しい声をあげて、新之丞が泣き出した。小谷新右衛門が立ち上がって、海のほうを睨んでいた。
ぎらぎらと光る海を、武蔵の小舟は、東へ向かって流れを変えた潮に乗り、下関のほうへ、ひた走るように影を小さくしている。
東馬は、静かに小次郎の瞼を閉じた、まだ固くつかんだままの小太刀を、その右手から放そうとして気がつくと、小次郎の左手は、小さな黄色い花を、そっと摘むような形をしていた。あの、浜ぐるまの花であった。
     (村上元三 「佐々木小次郎」 より抄出)

資料・写真等・絹の道の会編 「しものせき・人・物語」 第四集より
                             下関市

IMG_2507 銅像

IMG_2508 銅像

IMG_2510 銅像

IMG_2512 銅像

巌流島に上陸した記念に[巌流島上陸認定証」を一通100円でもらえるのですよ!

詳細は↓をご覧ください。

http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/kanko/ganryujima/ninteisho/index.html

帰りも船で下関へ

IMG_2527 下関

カモンワーフが見えてきました。

FC2ブログランキングに参加しています。
クリックよろしくお願い致します。




にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします!

にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村

歴女日記ブログランキングに参加しています。
ご協力お願いしますm(__)m


歴女日記 ブログランキングへ
スポンサーサイト

Comment

NoTitle 

そもそも二人は何のために
決闘をしたのですか?
ふとそう思った。
応援ポチポチポチ!
  • posted by せいパパ 
  • URL 
  • 2016.01/29 01:37分 
  • [Edit]

せいパパさんへ 

双方の弟子が、互いの師匠のどっちが強いかでもめたためだといわれているとか・・・
決闘の理由は、諸説あります。
歴史の謎は深まるばかりですね。


  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2016.01/29 02:02分 
  • [Edit]

NoTitle 

今にも動き出しそう!!
  • posted by シネマ大好き娘 
  • URL 
  • 2016.01/29 05:23分 
  • [Edit]

次郎と武蔵決闘の像 

>やっと小次郎と武蔵の像が見えてきました。
昭和30年には30件もの家が有った諭旨。結構広い島ですね!
見事な次郎と武蔵決闘の像ですね。
  • posted by willy_tsuguo_shikata 
  • URL 
  • 2016.01/29 05:53分 
  • [Edit]

シネマ大好き娘さんへ 

躍動感溢れる銅像ですね!
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2016.01/29 12:15分 
  • [Edit]

四方さんへ 

30分ぐらいで一周できるかと思っていたのですが、隅々まで行くと、もっと時間を要します。

この像は一周してみると、二人が実際に戦っていつ様子が浮かんできますよ。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2016.01/29 12:17分 
  • [Edit]

NoTitle 

斉藤茂吉がここに来ているんですか。

私は学生の頃に北杜夫が好きで
よく本を読んでいたのですが
跡から北杜夫が茂吉の息子だと知りました。

応援ぽち
  • posted by よっちん 
  • URL 
  • 2016.01/29 20:06分 
  • [Edit]

よっちんさんへ 

北杜夫といえば『どくとるマンボウ航海記』ですね!

しかし、職業が「小説家、随筆家、精神科医 」と名乗れるのは凄いことですね!
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2016.01/30 02:28分 
  • [Edit]

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

しずか

Author:しずか
毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

最新記事

最新トラックバック

カテゴリ

光 (3)

FC2カウンター

オンラインカウンター

現在の閲覧者数:

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
167位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
33位
アクセスランキングを見る>>

アクセス解析