大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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抹香事件の舞台・織田家の菩提寺「萬松寺」

名城線上前津駅から徒歩5分ほどのところにある萬松寺は、信長の父で古渡城主であった織田信秀が、天文9年(1540年)、織田家の菩提寺として、現在の中区錦および丸の内辺りに開基したのが始まりです。

織田信長が「うつけ者」と呼ばれる事の基になった父・信秀の葬儀の際に、信長が位牌に抹香を投げつけたという
抹香事件」は、大須に移る前の萬松寺が舞台です。

また、徳川家康が、6歳で人質として今川義元の元に送られる途中、信秀に引き渡され、当寺で9歳まで過ごしたと伝わっています。

その後名古屋城築城の際、家康の命により1610年に現在地に移転。

江戸時代には、七堂伽藍の大寺でしたが、第二次世界大戦で焼失してしまいました。

「萬松寺の歴史」
天文9年(1540年)、織田信秀により織田氏の菩提寺として那古野城の南側に建立された。開山には信秀の叔父にあたる雲興寺八世・大雲永瑞和尚を迎えた。当時は現在の中区錦と丸の内2丁目・3丁目にまたがる広大な寺領を持っていたが、慶長15年(1610年)、名古屋城を築く際に小林邑(現在の大須3丁目)に移建した。
移転後も尾張徳川家朱印寺として篤く信仰され、亜相源敬公大夫人霊廟(徳川義直室高原院の廟)が置かれるなどしていたが、幕末頃から徐々に衰退した。大正元年(1912年)に三十七世大円覚典和尚が寺領の山林の大部分を開放することを決断し、開拓された町は現在の大須3丁目となって、萬松寺は再び賑わいを取り戻すこととなった。
しかし、1945年(昭和20年)3月12日の名古屋大空襲で大須も焦土と化し、本堂が再建されたのは平成に入ってからである。大須一帯の大地主でもあり、万松寺ビルなどを保有している。(Wikipediaより)


本堂
地下一階、地上五階建ての本堂は、本尊十一面観音菩薩を奉り、納骨堂、からくり人形、鐘楼堂が造られています。

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身代わり不動明王
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亀元年(1570年)、信長が越前の朝倉城を攻めた際、浅井長政の離反により逃げ帰る途中、琵琶湖の北方で、杉谷善住坊に狙い撃ちされました。
しかし、二発の命中弾は、信長の懐中にあった萬松寺の干餅に当り、かすり傷だけで済んだため、不動明王の加護によるものといわれています。
この話を聞いた加藤清正が「身代り不動」と命名したという身代わり不動明王の石像が安置されています。

現在、毎月28日に厄除けとして参拝者に身代り餅がふるまわれています。

私が何年か前に参拝した時は、萬松寺名物のからくり人形「信長」 (平成20年の猛暑で故障)が見られなかったのですが、現在は、「抹香投げつけ」と、桶狭間の戦いを前にして「敦盛を舞う」信長のからくり人形が、毎日午前10時から2時間おきに18時まで1日5回上演しているそうです。

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定時になると、梵鐘の響きと共に織田瓜の家紋の織田瓜の付いた扉が開き、中から舞台がせり出し、中央には、腰に荒縄の帯・長束の太刀と脇差しをさした信長が現れる。信長の父・信秀の葬儀の場面では、信長が香を投げる仕草をすると、足元から煙が舞い上がるという仕組みなのだそうです。

これは一度見てみたいですね~

からくり人形の様子は
↓↓↓
http://www.banshoji.or.jp/about/karakuri.html

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信秀の供養塔
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なお、不動堂、稲荷堂は、改築工事中で2017年春完成予定とのこと。

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コメント

NoTitle 

柴崎コウのうつけが、なつかしいですね!
  • シネマ大好き娘 
  • URL 
  • 2016年02月25日 03時56分 
  • [編集]
  • [返信]

萬松寺! 

>織田信長が「うつけ者」と呼ばれる事の基になった父・信秀の葬儀の際に、信長が位牌に抹香を投げつけたという「抹香事件」は、大須に移る前の萬松寺が舞台です.戦災で焼失したようですが見事に再建されていますね!
  • willy_tsuguo_shikata 
  • URL 
  • 2016年02月25日 05時32分 
  • [編集]
  • [返信]

シネマ大好き娘さんへ 

いまだに大ヒット上映中ですね!

興業収入が凄いみたい(@_@;)
  • しずか 
  • URL 
  • 2016年02月25日 12時40分 
  • [編集]
  • [返信]

四方さんへ 

あの有名な歴史の舞台となったお寺…大須に移る前はどんな感じだったのでしょうね~
  • しずか 
  • URL 
  • 2016年02月25日 12時42分 
  • [編集]
  • [返信]

NoTitle 

なんだかんだと言っても
信長の人気は不動ですね。

私はあの時代の武将では
武田信玄に心惹かれます。

応援ぽち

NoTitle 

戦国時代は人質があって
大変な時代だったが
それが普通だから
なんとも思わなかったのだろうな。
応援ポチポチポチ!

よっちんさんへ 

私は信長のファンではありませんが、あれだけカリスマ性のある人は当時いなかったのではないかと思い、興味はあります。
  • しずか 
  • URL 
  • 2016年02月25日 23時05分 
  • [編集]
  • [返信]

せいパパさんへ 

身内から人質を出す・・・今では考えられませんが、当時はそれが戦国のルールだったのですよね。
  • しずか 
  • URL 
  • 2016年02月25日 23時06分 
  • [編集]
  • [返信]

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