大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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真田の郷(13)長谷寺 真田幸隆・昌幸の墓

庭園を過ぎて階段を登ると、真田幸隆夫妻と真田昌幸の墓があります。

IMG_5787 幸隆・昌幸

IMG_5797 幸隆・昌幸

左から、真田幸隆夫人恭雲院、真田幸隆、真田昌幸の墓

真田 幸隆(さなだ ゆきたか/こうりゅう)
信濃の在地領主で、甲斐国の戦国大名である武田氏の家臣。息子三人と共に、武田二十四将にも数えられる。
幼名は次郎三郎、通称は源太左衛門、剃髪して一徳斎と号す。諸系図では幸隆と記されるが、確実な同時代史料においては幸綱と記され、また子に“隆”を通字とする者がまったく居ない事などから、永禄5年頃までは幸綱と名乗り、幸隆は晩年に改めたものであると考えられている(柴辻俊六による)。「幸隆」の名に関して、『高野山蓮華定院過去帳』では「一徳斎」の道号に伴い「一徳斎幸隆」と記されており、道号は原則として音読みされることから、「幸隆」の読みは「こうりゅう」であるとも考えられている。
出身は信濃小県郡の名族海野氏で、海野平合戦でいったん所領を失うが武田晴信に仕えて旧領を回復。以後も武田家の信濃先方衆として活躍し、後の真田氏の礎を築いた。

恭雲院
海野棟綱や真田氏の譜代の家老であった河原隆正の妹で、海野氏分家の家柄だった真田幸綱に嫁ぎ、真田信綱、真田昌輝、真田昌幸、真田信尹、金井高勝を産んだ。幸綱には他に二人の娘(長坂昌国室、遠山右馬助室)がいるがこちらの生母は不明である。長男の信綱が天文6年(1537年)の生まれ(『信綱寺殿御事跡稿』)のため、幸隆と恭雲院の結婚は天文年間初期と推測される。
『系図纂要』によれば、武田家の譜代家老・飯富虎昌の娘が幸綱に嫁いだとする説があり、その後は側室となったと思われるが、永禄8年(1565年)10月15日に飯富虎昌が義信事件で失脚・処刑されて以降は正室に戻ったと思われる[1]。天正2年(1574年)5月19日には幸綱が死去する。また、『羽尾記』によれば、恭雲院の出自を羽尾幸全の娘(『羽尾記』)ともされるが、柴辻俊六はこの説の根拠は弱いとしている。
天正10年(1582年)3月の武田家滅亡後、上野国と信濃小県郡・佐久郡を支配していた織田家家臣・滝川一益の元に人質として出されたが、後に武田氏から離反して織田氏に従属し、信濃安曇郡・筑摩郡・木曽郡を与えられた木曽義昌へ引き渡された。同年9月に真田家が徳川家に従属したことに伴い、翌11年2月に徳川家康の人質となった。その後天正13年(1585年)ごろに解放され、真田家へもどったとされる。 

真田 昌幸
甲斐の武田信玄の家臣となり信濃先方衆となった地方領主真田氏の出自で、真田幸隆(幸綱)の三男。信玄・勝頼の2代に仕え、武田氏滅亡後に自立。織田信長の軍門に降り、滝川一益の与力となったが、本能寺の変後に再び自立し、近隣の北条氏や徳川氏、上杉氏との折衝を経て、豊臣政権下において所領を安堵された。上田合戦で2度にわたって徳川軍を撃退したことで、徳川家康を大いに恐れさせた逸話で知られるが、関ヶ原の戦いで西軍についたために改易された。
軍記物や講談、小説などに登場したことで、後世には戦国時代きっての知将・謀将としての人物像として現在でもよく知られている。  (Wikipediaより)

IMG_5788 幸隆・昌幸

IMG_5790 幸隆・昌幸

IMG_5799 六文銭

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コメント

おはようございます 

今回も細かく定年に編集された記事を読ませていただき
ありがとうございます。
、真田幸隆夫妻と真田昌幸の墓・・
父子、ともに60代だったそうですが
あの頃の平均年齢はおいくつだったのかしら?
戦胃の多い時代、
そのころでしたら長生きだったかもしれませんね。
自ら開墓したお墓に入ったこと、不思議な縁を感じます。

NoTitle 

順調に回復してます。
今日は子供達がお見舞いに来るので
準備もあり
明日以降にゆっくりと遊びにきます。
応援!

のんのんさんへ 

おはようございます。

寿命というと、「人生50年」という一節が浮かびますが、立川昭二の「江戸 病草紙」に、昔の日本人の平均寿命について書かれているそうです。

「江戸時代の寿命の話を紹介する。速水融は信州諏訪地方の宗門改めの人別帳をもとに、2才児の平均余命を求めている。それによると、寛文11(1671)年から享保10(1725)年のそれは男36.8才、女29.0才、享保11(1726)年から安永4(1775)年になると、男42.7才、女44.0才である。即ち乳幼児死亡を除くと人生50年に近づいている。
立川は歴史上の人物について1964年以前の500年の平均死亡年齢計算している。戦国時代:60.4、江戸時代前期:67.7、江戸時代中期:67.6、江戸時代後期:65.2、明治大正時代60.6、昭和時代:72.0となり、若い死亡率の高い時期を過ぎると結構長生きをしていたことが分かる。」

http://www.taishitsu.or.jp/aging/aging6.html

こういう分析、興味深いですね!
  • しずか 
  • URL 
  • 2016年07月23日 07時12分 
  • [編集]
  • [返信]

せいパパさんへ 

おはようございます!

今日はせいくん、すずちゃんがお見舞いにいらっしゃるのですか。
それは何よりもパパさんのパワーになりますね。

早く食事ができるようになるようお祈りしています。
くれぐれも無理なさらぬようにv-254
  • しずか 
  • URL 
  • 2016年07月23日 07時15分 
  • [編集]
  • [返信]

こんにちは 

そうでしたか、
今朝は涼しかったでしょうか。
こちらは相変わらず蒸し暑くて雨が、
きそうで来ないという1日になりました。
真田家の墓地に合掌いたしました。
応援ポチ☆
  • マーチャン 
  • URL 
  • 2016年07月23日 15時11分 
  • [編集]
  • [返信]

こんばんは 

こんばんは。
二枚目のこの形のお墓って古いですよね。
私の実家の本家の墓と言うのがこんな風です。
調べると大体家康の年代ですよ。
その頃の武家の墓ってこう言うのが多かったのでしょうかね?
  • 自転車親父 
  • URL 
  • 2016年07月23日 21時45分 
  • [編集]
  • [返信]

NoTitle 

実際のお墓のところに行くと、
歴史を思い起こして感慨深いものがありますね。
応援ぽち2.
  • みかん農家 
  • URL 
  • 2016年07月23日 22時30分 
  • [編集]
  • [返信]

マーチャンさんへ 

こんばんは!

日中は過ごしやすかったのですが、夕方からはまた蒸し暑く、ただ今エアコン入れています(^_^;)

真田家の墓所、赤い門に、六文銭、なかなかお洒落なではないですか?
  • しずか 
  • URL 
  • 2016年07月24日 00時55分 
  • [編集]
  • [返信]

自転車親父さんへ 

こんばんは!

各地で、お墓を見てきましたが、形もこのような宝篋印塔から五輪塔までいろいろありますね。
東京では、寛永寺、増上寺、伝通院にも参拝しましたが、規模としては、徳川家のが特に大きいと思いました。

また、西に行くほど、お墓が大きい傾向にあるとも聞きましたが、たしかに、福岡の黒田家の墓は大きかったと思います。
  • しずか 
  • URL 
  • 2016年07月24日 01時23分 
  • [編集]
  • [返信]

みかん農家さんへ 

こんばんは!

前々から一度は行きたいと思った上田に行くことができ、真田家の墓所にもお参りできて、満足のいく度でした。
  • しずか 
  • URL 
  • 2016年07月24日 01時25分 
  • [編集]
  • [返信]

上田市の長谷寺の真田幸隆・昌幸の墓 

上田市のどの旧跡も見事に保存管理されています。この長谷寺の真田幸隆・昌幸の墓も
見事に保護管理されていますね。
  • willy_tsuguo_shikata 
  • URL 
  • 2016年07月25日 05時48分 
  • [編集]
  • [返信]

四方さんへ 

上田市はどこへ行っても整備されていて、驚きました。
このことは、来年舞台になる浜松も見習わなきゃ!と思いました。
  • しずか 
  • URL 
  • 2016年07月25日 07時14分 
  • [編集]
  • [返信]

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