大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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旧松代藩鐘楼

この鐘楼は江戸時代初め、松代藩が松代城下の片羽町に建設したものです。

時計がなかった江戸時代、城下町の人々に時を告げるのに、藩では昼夜の区別なく一時(いっとき=約2時間)ごとに大鐘をつかせる決まりがあり、また、城下に火事が起きた際などには、鐘を鳴らして非常を知らせました。

IMG_5160 鐘楼

IMG_5162 鐘楼

この鐘楼は、真田信之が1622(元和8)年に松代城主となった2年後、1624(寛永元)年に火の見櫓とともに設置されました。その後3度の大火で焼け、現在の鐘楼は1801(享和元)年に再建され、2012年に修復されたものです。市の指定文化財(建造物)に指定されています。

1849(嘉永2)年に佐久間象山が電信実験を成功させた場所とも言われており、近くに「日本電信発祥之地」の碑が建てられています。

IMG_5161 石碑

なお鐘は太平洋戦争で供出したため、現在の鐘は1991(平成3)年に設置された4代目となります。(真田宝物館HPより)

IMG_5159 鐘楼


旧松代藩鐘楼

旧松代藩鐘楼は真田信之が松代に入封直後に建てられたとされ、当初は火の見櫓の役割を兼ねていた。
昼夜の区別なく一刻(いっとき)(二時間)ごとに時刻を知らせたほか、城下で出火があった際にも鐘を撞いて非常を知らせていた。
その後三度の火災に見舞われ、現在の鐘楼は享和元年(1801)の再建にあたり、鐘楼と火の見櫓を別棟にして造営された。
また鐘は太平洋戦争で供出され、現在のものは平成三年に旧鐘の寸法や重さを模して取り付けられたものである。
この鐘楼で、江戸の末期に、佐久間象山が電信実験をしたという言い伝えが残されている。
構造は石積みの基壇の上に立つ井楼式高櫓形鐘楼で、高さは約12メートル、屋根は切妻の瓦葺きである。
屋根まで伸びる四隅の柱を保護するため、支え柱を立て、下見板張りとしている。
内部は三層になっており、土間を除いて床は板張りとし、各階をはしごでつないでいる。
平成22年度から、保存修理工事を実施し、あわせて周辺を広場として平成26年3月まで整備した。

長野県教育委員会

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*Comment

NoTitle 

台風全然でした~~警報が、出たらお休みなのに~~~

被害がないことに感謝します!
  • posted by シネマ大好き娘 
  • URL 
  • 2016.10/06 03:37分 
  • [編集]

NoTitle 

見事な松代藩真田家の鐘楼!
火のみ櫓を兼ねて1刻(2時間)ごとに打ち、時刻を知らせていたのですね。
  • posted by willy_tsuguo_shikata 
  • URL 
  • 2016.10/06 05:54分 
  • [編集]

NoTitle 

江戸時代でも時間は
そこまで市民の中に浸透してた訳じゃ無かったんですね。
2時間おきに鳴る鐘のメンテナンスと維持管理は
責任問題だったきとでしょう。
応援!
  • posted by せいパパ 
  • URL 
  • 2016.10/06 10:11分 
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シネマ大好き娘さんへ 

台風の被害がなくて良かったです!

こっちも大丈夫でした(#^.^#)

今日は快晴\(^o^)/
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2016.10/06 12:15分 
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四方さんへ 

おはようございます!

当時は、貴重な時を告げる存在だったのですね。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2016.10/06 12:17分 
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せいパパさんへ 

こんにちは!

今のように、分刻みのスケジュールで仕事をしている時代ではなかったから、2時間おきの鐘で、一日の流れを感じていたのでしょうね。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2016.10/06 12:19分 
  • [編集]

こんにちは 

そうです鐘楼は、
ムカシはなくてはならないものでした。
これがあったからこそ、
大勢の人たちが頼りにしたことでしょう。
それにしても立派なではないでしょうか。
応援ポチ☆
  • posted by マーチャン 
  • URL 
  • 2016.10/06 13:48分 
  • [編集]

マーチャンさんへ 

こんにちは!

そうですね。
これが人々の生活の中心になるくらい
大切なものだったのでしょうね。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2016.10/06 14:26分 
  • [編集]

こんばんは 

こんばんは。
立派な鐘楼ですね。
私は割りと鐘楼には興味がありますね。
あちこちで見ますけどこれは良いですね。
  • posted by 自転車親父 
  • URL 
  • 2016.10/06 19:13分 
  • [編集]

はて? 

こんばんは。いつもお世話になっております。
二時間ごとに鳴らす、その二時間を計る時計が別にあったのですか?むむむむ。
電信実験って、サクラサク、なのかなぁ?トントンツーなのかなぁ?はっ。雷ビリビリ!?
  • posted by つねまる 
  • URL 
  • 2016.10/06 19:46分 
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NoTitle 

松代の町は一度だけ
訪ねたことがあるんですよ。

一番印象に残ったのは
長野電鉄松代駅の佇まいでした。

廃線になったのが残念です。

応援ぽち
  • posted by よっちん 
  • URL 
  • 2016.10/06 22:59分 
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NoTitle 

夜も鳴らしていたのですね。つく人も大変でしたね。
この中から上に上がってみたいです。
応援ぽち2.
  • posted by みかん農家 
  • URL 
  • 2016.10/06 23:00分 
  • [編集]

自転車親父さんへ 

こんばんは!

鐘楼といえば、今では飾り的なものになっていると思いますが
当時は生活の中心となる実用的なものだったのですね。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2016.10/07 01:48分 
  • [編集]

つねまるさんへ 

こんばんは!

そう言われてみれば・・・(・_・;)
中学の理科で習った太陽の陰で、時刻を計算する方法・・・
あれじゃないですかね~(#^.^#)
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2016.10/07 01:49分 
  • [編集]

よっちんさんへ 

こんばんは!

私は、長野は三回目ですが、松代は初めてでした。
松代は、街自体がとても綺麗ですね。
自転車で回るのが一番かと感じました。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2016.10/07 01:52分 
  • [編集]

みかん農家さんへ 

こんばんは!

そうですね。
鐘をつく人は、責任もあって大変だったと思います。
今では、時計よりも携帯で時間を知る時代ですね。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2016.10/07 01:54分 
  • [編集]

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