大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Entries

大坂夏の陣 「徳川秀忠の御旗奉行を務めた安藤正次の墓」

大阪市平野区の樋尻口地蔵堂向かいに安藤正次の墓あります。

IMG_4069 B

IMG_4075 B

IMG_4076 C

安藤次右衛門尉正次は徳川家の二千石の旗本で、御旗奉行として徳川秀忠に直属し、元和元(1615)年5月7日、大坂落城直前に秀忠の使者として前田利常、本多康紀両軍に、敵陣へ肉薄するようにとの命令を伝えました。
その際に、数騎の敵兵に出会い、首級を挙げたが自らも重傷を負い家来に助けられて撤退した。その活躍を秀忠に功名したと称されましたが、宿舎にしていた平野の願正寺に送られて療養していましたが、自分が再起不能だと分かって同月19日に自害しました。享年51歳、浄徳院釈了栄とおくり名されました。
五輪の墓塔は世子正珍が平野郷を囲む環濠の土居上に建てて、願正寺を菩提寺としました。元禄14(1701)年に曾孫定房が寄進された盥盤(くわんばん)は背面に正次の伝記体を記した他に例を見ない珍しいものである。
(案内板より)

にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします!

にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村

歴女日記ブログランキングに参加しています。
ご協力お願いしますm(__)m


歴女日記 ブログランキングへ
スポンサーサイト

コメント

 

安藤さま、聞いたことがありません>_<
  • シネマ大好き娘 
  • URL 
  • 2016年12月04日 03時36分 
  • [編集]
  • [返信]

 

助かったのに社会復帰できないくらいの
怪我を負ってしまったのですね。
自分がそうなったら・・・
応援!

 

安藤次右衛門尉正次は徳川家の二千石の旗本で、御旗奉行として徳川秀忠に直属し、元和元(1615)年5月7日、大坂落城直前に秀忠の使者として前田利常、本多康紀両軍に、敵陣へ肉薄するようにとの命令を伝えました。そのとき大阪城側の騎馬武者と遭遇して復帰できないほどの重傷をおったそうですね!
  • willy_tsuguo_shikata 
  • URL 
  • 2016年12月04日 08時55分 
  • [編集]
  • [返信]

 

こんにちは。
しかしまあ知らないだけで、
あっちこっちに墓所があるんですね。
もうまいにち見せていただいてビックリ。
応援ポチ☆
  • マーチャン 
  • URL 
  • 2016年12月04日 12時17分 
  • [編集]
  • [返信]

 

このあたりは
自宅から自転車で
よく行った地域です。

昔とあまり
変わってないんですよね。

応援ぽち

こんばんは 

こんばんは。
秀忠の家臣だったのですね。
再起不能を知ったら自刃とは。
何という時代でしょうね。
  • 自転車親父 
  • URL 
  • 2016年12月04日 20時32分 
  • [編集]
  • [返信]

 

この戦いの中で、知らないことがたくさんあって
いろんなドラマがあったのですね。
応援ぽち2.
  • みかん農家 
  • URL 
  • 2016年12月04日 23時22分 
  • [編集]
  • [返信]

 

皆さん、今日もコメントありがとうございました。

この方は、今回のドラマには出てきていませんが、ひとつの戦の陰で、このように散っていった人もいるのだと知りました。
自分が再起不能だと分かって自害とは、悲しい結末ですね。
  • しずか 
  • URL 
  • 2016年12月04日 23時40分 
  • [編集]
  • [返信]

コメントの投稿

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

トラックバック

トラックバック URL
»»この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

左サイドMenu

プロフィール

しずか

Author:しずか
毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

最新記事

最新トラックバック

カテゴリ

光 (3)

FC2カウンター

オンラインカウンター

現在の閲覧者数:

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
135位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
23位
アクセスランキングを見る>>

アクセス解析

右サイドメニュー