大輪田泊を修築した清盛

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鳥羽院の信任の厚かった平忠盛は、25歳で越前守になり、敦賀に往来した宋船に接し、日宋貿易を開始し、舶来品を院に進呈して近臣として認められるようになりました。

忠盛の子、清盛は安芸守、播磨守、大宰大弐を歴任し、平治元年(1159年)の平治の乱ののちに平氏政権を成立させた。清盛は勢力基盤であった伊勢で産出する銀などを輸出し、父の影響を受け、アジア諸国との貿易に傾倒していきました。

海賊追討に従事した清盛は、複雑な入り江を持つ瀬戸内海を知り尽くした海賊をも家臣として取り入れ、安芸の音戸瀬戸を開削するなど瀬戸内航路を確保しました。

仁安3(1168)年、厳島神社の改修工事を開始。

やがて瀬戸内海には宋船が往来。
伊勢産出の銀、金、砂金、真珠、日本刀を輸出。
中国からは、宋銭を中心に輸入し、平氏の経済的基盤を固めました。

承安3(1173)年、清盛は摂津の国の大輪田泊(現在の神戸港)を拡張し、正式に中国との国交を開きました。
前面に人工島を築いて安全な碇泊地を設けようと、私費を投じて修築工事に着手しました。

現在の神戸港はクルーズも盛んで、夜にはライトアップされ、お洒落なデートスポットとしても人気があります。

神戸港1

神戸港2

神戸港4

神戸港5

神戸港7

神戸港8

神戸港6

神戸港9

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