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2020.08/11 [Tue]
井伊谷の龍潭寺(7)井伊家霊殿
- ジャンル:[旅行]
- テーマ:[歴史・文化にふれる旅]
井伊家霊殿には、元祖・井伊共保公、22代・井伊直盛公、24代・井伊直政公の木像が安置され、大老・井伊直弼の御位牌もお祀りされています。



井伊家御霊屋
井伊谷を本拠地としてきた井伊氏は、平安時代より戦国時代まで、遠江の代表的国人領主として西遠地方を治めてきました。井伊介を名乗り鎌倉幕府に仕え、南朝方の皇子宗良親王を迎え、北朝軍と戦いました。室町時代、遠江に侵攻した今川軍との戦いに敗れ、その支配下に入りました。
戦国時代の永禄3年、22代井伊直盛が桶狭間で戦死、永禄5年には、23代井伊直親が今川の手で殺されます。龍潭寺2世南渓和尚はこの井伊家の危機に、直盛一人娘井伊直虎(次郎法師)を「女性地頭」(女領主)に立て、幼い24代井伊直政の後見人としました。
永禄11年に、徳川家康が、元亀3年には武田信玄が井伊領に侵攻(三方ヶ原の合戦)します。南渓和尚と井伊直虎は、遺児直政を三河鳳来寺にかくまい、天正3年、15歳に成長した直政を、浜松城で家康に出仕させます。直政は「赤備え」軍団を率い武勲をたて、徳川軍団筆頭に出世し、見事井伊家を再興し、江州佐和山(彦根)に移りました。
井伊家は江戸時代を通して江戸幕府を支え、幕末には大老井伊直弼が開国・攘夷の渦巻くなか、開国を決断し、日本の近代国家誕生の基を築きました。
この御霊屋には、井伊家千年にわたる祖霊をお祀りしています。

元祖・井伊共保公像


22代・井伊直盛公像


24代・井伊直政公像


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井伊家御霊屋
井伊谷を本拠地としてきた井伊氏は、平安時代より戦国時代まで、遠江の代表的国人領主として西遠地方を治めてきました。井伊介を名乗り鎌倉幕府に仕え、南朝方の皇子宗良親王を迎え、北朝軍と戦いました。室町時代、遠江に侵攻した今川軍との戦いに敗れ、その支配下に入りました。
戦国時代の永禄3年、22代井伊直盛が桶狭間で戦死、永禄5年には、23代井伊直親が今川の手で殺されます。龍潭寺2世南渓和尚はこの井伊家の危機に、直盛一人娘井伊直虎(次郎法師)を「女性地頭」(女領主)に立て、幼い24代井伊直政の後見人としました。
永禄11年に、徳川家康が、元亀3年には武田信玄が井伊領に侵攻(三方ヶ原の合戦)します。南渓和尚と井伊直虎は、遺児直政を三河鳳来寺にかくまい、天正3年、15歳に成長した直政を、浜松城で家康に出仕させます。直政は「赤備え」軍団を率い武勲をたて、徳川軍団筆頭に出世し、見事井伊家を再興し、江州佐和山(彦根)に移りました。
井伊家は江戸時代を通して江戸幕府を支え、幕末には大老井伊直弼が開国・攘夷の渦巻くなか、開国を決断し、日本の近代国家誕生の基を築きました。
この御霊屋には、井伊家千年にわたる祖霊をお祀りしています。

元祖・井伊共保公像


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