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大河ドラマに恋して

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以仁王の御所跡「高倉宮址碑」

京都市中京区東洞院通に後白河天皇の皇子・以仁王の御所跡に高倉宮址碑があります。

高倉宮址

門が高倉小路に面していたため、高倉宮御所と呼ばれていました。

以仁王
以仁王像
以仁王像(蜷川親胤模、東京国立博物館蔵)

後白河天皇の第二皇子。母は藤原季成(すえなり)の女成子。

三条高倉に住み高倉宮と呼ばれました。

後白河天皇
800px-Emperor_Go-Shirakawa2 (1)


1180年(治承4)4月源頼政の勧めにより平家討伐の挙兵を決意。

源頼政
源三位頼政像(MOA美術館蔵)

挙兵時には、自らを最勝親王と称し、源行家を召して平氏追討の令旨を各地の源氏に伝えさせました。

Minamoto_no_Yukiie.jpg
以仁王の令旨を諸国の源氏に伝え歩く源行家と従者。林原美術館所蔵


まもなく事が発覚し、朝廷では王を源以光(もちてる)と改名させ、土佐国へ配流することとしました。

その日の夜、検非違使の土岐光長と頼政の子の源兼綱が、以仁王の館を襲撃しましたが、以仁王はすでに脱出していました。

以仁王が園城寺に逃れていることが判明し、平氏は園城寺への攻撃を決定。

源頼政は、園城寺に入り以仁王と合流。しかし園城寺と対立していた延暦寺の協力を得ることができず、勝ち目が薄いと判断した以仁王と頼政は南都の寺院勢力を頼ることに。

治承4年(1180年)5月26日、頼政が宇治で防戦して時間を稼いでいる間に以仁王は興福寺へ向かいましたが、南山城の加幡河原で平氏家人の藤原景高・伊藤忠綱らが率いる追討軍に追いつかれて討たれました。

なお、『平家物語』は、飛騨守景家に軍勢によって光明山鳥居の前で戦死したとしています。


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Comment

NoTitle 

「以仁王の御所跡「高倉宮址碑」」の素晴らしい記事です!

NoTitle 

コロナが終息したと思ったら
またコロナ。
以前のように出かけてないので
史跡巡りも全然行って無いです。
応援!
  • posted by せいパパ 
  • URL 
  • 2022.01/24 16:38分 
  • [Edit]

NoTitle 

こんにちは。
大河もどんなふうに物語。
見られるのか楽しみにして3回みました。
京都にはやはりこんなところもある。
お好きな人はこたえられないところでしょうから。
🤩
  • posted by マーチャン 
  • URL 
  • 2022.01/24 16:42分 
  • [Edit]

こんばんは 

こんばんは。
以仁王は良く覚えています。
小説に登場しました。
住んでいた場所の跡が残されているのですね。
お寺との関係もいろいろなんですね。
  • posted by 自転車親父 
  • URL 
  • 2022.01/24 21:50分 
  • [Edit]

皆様へ 

こんばんは😃🌃
今日もコメントありがとうございました。

以仁王と源頼政、昨日の回であっという間に退場になってしまいました。一週間で、次の回までの歴史の流れを追うのが大変になってきました。😅
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2022.01/24 22:34分 
  • [Edit]

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