大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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野間大坊(4)池禅尼の供養塔

野間大坊(大御堂寺)は、池禅尼ゆかりの寺としても知られ、建久元年(1191年)に頼朝によって池禅尼の念持仏が奉安されたと伝えられています。

境内には、義朝、鎌田正清のの他、池禅尼の供養塔もあります。

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池禅尼の墓

池禅尼は、平家に捉えられた頼朝の助命嘆願をした平清盛の継母に当たります。
藤原宗兼の娘として誕生。
平忠盛との間に家盛、頼盛を産む。
仁平3年(1153年)、忠盛の死後、出家し、六波羅の池殿で暮らしたことから池禅尼と称され、後に頼盛は池大納言と呼ばれた。
平治元年(1159年)の平治の乱において捕えられた13歳の頼朝が、若くして亡くなった家盛に似ていることにより、池禅尼が清盛に対して頼朝の助命を嘆願したと言われている。また頼朝の助命の為に池禅尼が断食をし始めたため、清盛も遂に折れて伊豆国への流罪へと減刑したとも言われている。しかし、実際には頼朝が仕えていた、後白河の姉・上西門院や同じ待賢門院近臣家の熱田宮司家(頼朝の母方の親族)の働きかけによるものではないかという説もある。
頼朝は池禅尼の恩を忘れず、伊豆国で挙兵した後も、彼女の息子である頼盛を平家滅亡後も鎌倉で庇護した。

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