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大河ドラマに恋して

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浜松城(2)大手門跡~二の丸跡~本丸跡

浜松城三の丸は、二の丸の南東側に位置し、周囲を土塁と堀で囲まれ、重臣の屋敷が立ち並んでいました。

三の丸の南側に浜松城の正門である大手門は、現在の連尺交差点付近にありました。

浜松城大手門跡
IMG_9863 大手門跡

廃城後は土塁の撤去と堀の埋め立てが進み、市街地化されています。

連尺町
IMG_9864 大手門跡

ここから浜松市役所、浜松城方面に向かって歩いて行くと、このような看板があります。

IMG_9865 浜松城

IMG_9866 浜松城

「家康の散歩道」として紹介されている家康ゆかりの史跡マップもありますよ。

IMG_9867 浜松城

二の丸跡

二の丸は、本丸の東側に位置し土地も一段低く、広さがおよそ4,950平方メートル(約1,500坪)で城主の居館がありました。

また、政庁も設けられて江戸時代を通して藩政の中心でした。

二の丸の主な建物は表御殿と奥御殿からなっていて、表御殿には藩の行政機関が置かれ、およそ1,650平方メートル(約500坪)ありました。

唐破風の玄関の奥に広間と使者の間、正面奥に近習・年寄詰め所・祐筆所と並び、その左側に藩主が執政に使う上段の間と書院、右側に御用所・勘定所・勝手などの部屋がありました。

奥御殿はおよそ330平方メートル(約100坪)で、左側が藩主の居間、右側が湯殿、小姓詰め所など計一五の部屋がありました。

両御殿とも、生活と執務に便利なように細かく部屋割りがされていました。

また、二の丸の北の広場には米蔵があって、御城米蔵とか八千蔵と呼ばれていました。

西側には、二代将軍徳川秀忠の誕生屋敷跡ということで、享保元年(1716年)の絵図には誕生の松が描かれていました。

現在、二の丸跡地は浜松市役所・浜松市立元城小学校跡地の一部となっています。


元城小学校の跡地に建てられた浜松大河ドラマ館
IMG_1762 浜松大河ドラマ館

浜松市役所
浜松市役所

本丸跡
IMG_1883 浜松城

天守曲輪の東側の一段低い場所に位置し、土塁と鉢巻石垣に囲まれており、北側には富士見櫓、東側には本丸裏門、南東の隅には菱櫓、南側には鉄門と多聞櫓がありました。

富士見櫓
浜松城 富士見櫓

浜松城本丸北側に存在した富士山を望む櫓

富士見櫓は、江戸時代に描かれた浜松城の絵図や明治時代初めの浜松城払下げ時の資料に記録が残る本丸北側の櫓台上に建てられた櫓である。

2008・2009年(平成20・21年)の発掘調査では、櫓(北面)の3つの礎石が見つかり、その北側には玉石が敷かれていたことが明らかになった。

富士見櫓は、京間(1.97メートル)を用いた御殿風の建物とみられ、名称のとおり、富士山への眺望を意識して建てられたと考えられる。

富士見櫓の建築時期は明らかではないが、桔梗紋の家紋瓦が多く出土しており、太田氏が城主だった17世紀後半には既に存在していたとみられる。

多聞櫓

多聞櫓は、本丸と清水曲輪の間に位置し、東西に長い平屋の長屋で、東側には本丸への正門である鉄門が設けられていた。 廃城後に櫓と石垣の大部分が失われたが、2014年に園路擁壁の内側から堀尾氏時代の石垣の一部が発見され、2020年の本丸南広場の整備に合わせて公開されている。
(Wikipediaより)

清水曲輪

清水曲輪は天守曲輪の南側を細長く囲んだ帯曲輪で、天守曲輪を守るため中土手を持つ空堀があり、東側に清水門があった。

北側は浜松城公園になっているが、清水門跡を含む南側は市街化されている。(Wikipediaより)

西端城曲輪

西端城曲輪は天守曲輪の西側に位置する曲輪で、土塁と土塀に囲まれ、外端城曲輪に接続する端城門があった。

曲輪全体が浜松城公園となっている。(Wikipediaより)


浜松城本丸とその石垣・堀跡
浜松城本丸とその石垣・堀跡

浜松城の本丸は、江戸時代の絵図から、周囲に石垣や堀が巡り、大規模な門や櫓が立ち並ぶ様子がみられ、城内で最も荘厳化されていたことが窺える。

一方で、本丸は明治時代以降に東側部分が大きく改変され、これまで規模や構造が不明確な状態であった。

しかし、元城小学校跡地において2019~2021年度(令和元~3年度)に実施した発掘調査において、本丸の東堀や本丸北東部隅の石垣を確認した。

本丸の規模は、石垣や堀の斜面の裾部を基準にすると南北130m、東西90mほどであったと捉えられる。

本丸の周囲に巡らされた石垣や堀は安土桃山時代以前に築かれ、江戸時代を通じて維持されたとみられる。


本丸跡には「若き日の徳川家康の銅像」があります。

IMG_5177 家康像

右手には「勝草」と呼ばれる羊歯(シダ)を持っています。

この銅像は、昭和56年に「徳川家康公若き日の銅像建設委員会」により建てられました。

IMG_8421 家康像

春の浜松城公園は、桜の名所でもあり、3月~4月上旬は、桜に囲まれた家康像を見ることができます。

IMG_8456 家康像


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Comment

NoTitle 

桜綺麗ですね~~!
  • posted by シネマ大好き娘 
  • URL 
  • 2023.04/28 02:54分 
  • [Edit]

NoTitle 

おはようございます。
浜松城、きょうの記事内容が濃すぎて、
すぐには見切れませんで、
このあともじっくり見させていただきたいと思います。
一度出向きたいところですが、
行けなくて残念というしか無くて、
なんといいところなんでしょう浜松は・・。🤩
  • posted by マーチャン 
  • URL 
  • 2023.04/28 05:31分 
  • [Edit]

NoTitle 

小学校の跡地ですか…

少子化で小中学校の統廃合が
どんどん進んでいるようですね。

廃校になった学校の
有効的な再利用を考えるのも
行政側の大きな役目でしょうな。

応援ぽち
  • posted by よっちん 
  • URL 
  • 2023.04/28 19:28分 
  • [Edit]

こんばんは 

こんばんは。
家康像の周りに桜ですか。
これは良いですね。
この季節に見たいものです。
浜松城はすごく立派だったのでしょうね。
  • posted by 自転車親父 
  • URL 
  • 2023.04/28 20:29分 
  • [Edit]

NoTitle 

当時はすごく広かったのですね。
像のところもいい景色ですねぇ。
応援ぽち2.
  • posted by みかん農家 
  • URL 
  • 2023.04/28 21:39分 
  • [Edit]

皆様へ 

こんばんは😃🌃
今日もコメントありがとうございました。

学校の跡地がこのような形になって、卒業生の方達の間では、賛否両論あるのでしょうが、私なら再利用されて、脚光を浴びるのも嬉しいことだと思います。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2023.04/28 23:23分 
  • [Edit]

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