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大河ドラマに恋して

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明智光秀の首塚

東山区梅宮町の「明智光秀の首塚」は、通称「光秀塚」とも呼ばれています。

IMG_6135 明智光秀の塚

IMG_2067 三条白川橋

白川沿いを歩いて行くと、白川橋を南に下がった東側に「東梅宮 明智光秀墳」の石碑が見えてきます。



IMG_2056 光秀塚

IMG_2049 光秀塚

ここを入るとすぐ左手に首塚があります。

IMG_6138 明智光秀の首塚

光秀の首は発見した百姓により翌日、村井清三を通じて信孝の元に届き、まず本能寺でさらされ、その後17日に捕まり斬首された斎藤利三の屍とともに京都の粟田口に首と胴をつないでさらされた後、6月24日に両名の首塚が粟田口の東の路地の北に築かれた(兼見卿記)。『太田牛一旧記』によれば、小栗栖で落ち武者などがよく通る田の上の細道を、光秀が10数騎で移動中、小藪から百姓の錆びた鑓で腰骨を突き刺されて最期と悟った光秀は首を守護を表す毛氈鞍覆に包んで知恩院に届けてくれと言い残したという。
また、光秀の首は丹波亀山の谷性寺まで持ち帰られたたともいわれ、谷性寺と光秀の墓がある西教寺の記録によると、光秀のものとして首実検に供された首級は3つあったが、そのいずれも顔面の皮がすべて剥がされていたという。(Wikipediaより)

IMG_6150 明智光秀の首塚

いただいた参詣案内によると、

公家の吉田兼実の日記「兼見卿記」には、天正10年(1582)6月16日、光秀公の屍骸が本能寺に晒され、23日に首塚が「粟田口の東路次の北」に築かれて埋葬されたと書かれています。一方、京都町奉行所与力を務めた神澤貞幹の「翁草」には明和8年(1771)春ごろ、「粟田口のの北側の人家の裏」にある光秀の墓のある邸を光秀子孫とされる「能役者 笛 明田理右衛門」が譲り受けたことが書かれています。その後、理右衛門は京都を去り、この墓を近所の人が引取って守って来たのが現在の首塚です。

光秀の木像と位牌を祀った祠
IMG_6145 明智光秀の首塚

格子の間から覗いてみると

IMG_6140 明智光秀の首塚

光秀の木像は見えませんでした。

IMG_6142 明智光秀の首塚

以前は、この祠の中に、光秀の遺品と遺骨が納められていたそうです。

五輪塔(光秀の首塚)
IMG_6144 明智光秀の首塚

長存寺殿明窓玄智大禅定門」(光秀の戒名)と刻まれた石碑
IMG_6143 明智光秀の首塚

明治時代に、光秀を演じた歌舞伎役者によって建立されたものなのだそうです。

IMG_2051 光秀塚

天正10年(1582)、本能寺にいた主君織田信長を急襲した明智光秀は、すぐ後の山崎(天王山)の戦いで羽柴秀吉(豊臣秀吉)に敗れ、近江の坂本城へ逃れる途中、小栗栖の竹薮で農民に襲われて自刃、最後を遂げたと言われる。
家来が、光秀の首を落とし知恩院の近くまできたが、夜が明けたため、この地に首を埋めたと伝えられている。

IMG_6137 明智光秀の塚

明智光秀の塚
天正10年(1582)6月2日、明智光秀は本能寺(下京区)に宿泊していた主君・織田信長を急襲し、自害させました。しかし光秀は、備中高松城(岡山市)から引きあげてきた羽柴秀吉(豊臣秀吉)と、13日に山崎(天王山)で戦って敗れ、わずかな家臣とともに近江の坂本城をめざして逃れます。そしてその途中、小栗栖(伏見区)の竹藪で地元の農民に襲われて重傷を負い、自害して家臣に首を討たせたといわれています。
光秀の首は、家臣によって隠されたといわれます。ですが、吉田兼見という公家が記した日記『兼見卿記』によると、光秀の首は15日までに発見されています。18日からは、粟田口(左京区)で重臣の首とともに晒されました。晒されたのは数日で、22・23日には近くに埋め、塚を築いたことも記されています。
実際、『雍州府志』や『都名所図会』など、江戸時代の京都について記した地誌類には、その塚が蹴上付近にあり、三条通北側の人家の裏側にあると記されています。多くの書物に記されていることから、当時よく知られた名所であったことがうかがえます。
その後、江戸時代中期の安永~天明初年頃(1770~80ごろ)に、蹴上の塚にあった石塔婆がこの地に移されてきました。以来、この地が、明智光秀を弔う地として知られるようになり、光秀の首もここに埋められたと伝えられています。
また明智光秀を弔う場所は、ここ以外にも、小栗栖の明智薮・胴塚があります。
京都市


この明智光秀の首塚・光秀塚のすぐ近くにある和菓子屋「餅寅」の川嶋家が代々お守りしています。

IMG_6136 餅寅

IMG_6152 餅寅

IMG_6153 餅寅

こちらでは、光秀饅頭が売られています。

IMG_6154 餅寅

黒糖と抹茶の二種類あり、「桔梗」の家紋が刻印されていています。

IMG_6155 餅寅

黒糖の方は、つぶあん、抹茶の方は白味噌餡が入っていました。

光秀の首塚にお参りした後は、光秀饅頭をお土産に!


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Comment

NoTitle 

光秀饅頭食べてみたいです!
  • posted by シネマ大好き娘 
  • URL 
  • 2023.08/05 02:39分 
  • [Edit]

NoTitle 

おはようございます。
光秀さんの首塚、
前にも教えていただいたでしょうか。
ちょっと記憶にないが、
こんなところも京都にはあるんでしたか。
今朝もいいお話ありがとうございました。🤩
  • posted by マーチャン 
  • URL 
  • 2023.08/05 05:50分 
  • [Edit]

NoTitle 

この界隈はよく歩くので
写真を見ていても
「あっ、行ったことあるわ」と
思うものが何枚かありました^^

でも、今の京都は連日37℃から38℃です。
とても歩こうとは思えないですね。

応援ぽち
  • posted by よっちん 
  • URL 
  • 2023.08/05 13:29分 
  • [Edit]

皆様へ 

こんばんは😃🌃
昨日もコメントありがとうございました。
ここは、京都の中でも、ポツンと離れたところにあるので、知る人ぞ知る光秀ゆかりの史跡です。
地元の方たちに大切に祀られているのが伝わってきます。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2023.08/06 23:15分 
  • [Edit]

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