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大河ドラマに恋して

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於大や千姫が眠る伝通院の徳川家墓所

伝通院(傳通院)は、東京都文京区小石川三丁目にある徳川将軍家の菩提寺です。

伝通院1

慶長7年(1602)に徳川家康の生母・於大の方が逝去し、伝通院を菩提寺としました。

IMG_2549 B

伝通院の墓地の北側に徳川家の墓域があり、於大の方、千姫などの墓が建っています。

IMG_2552 B

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於大の方の墓
伝通院3 於大の墓

伝通院2 於大の墓

家康の生母で、法名は伝通院。
於大の方は享禄元年(1528)三河刈屋城主・水野忠政の娘として生まれ、天文10年(1541)岡崎城主・松平広忠と結婚し、竹千代、後の徳川家康を出産。しかし、父・水野忠政の没後、刈屋城を継いだ兄が織田方に付いたため、今川氏の保護を受けていた広忠は、於大を離縁することになります。その後、阿久比城主・久松俊勝に再嫁しましたが、於大は、家康が織田方の人質となってからも常に衣服や菓子を贈って見舞い、音信を絶やすことがなかったといいます。一方、家康は、天下統一の後、実家の者として於大を迎え入れ、久松家を親戚として尊重したそうです。於大は、夫の死後は「傳通院」と号し、慶長7年(1602)家康の滞在する伏見城にて逝去しました。

千姫の墓
伝通院5 千姫の墓

伝通院4 千姫の墓

徳川秀忠と江の長女で、法名は天樹院。
慶長8年、7歳の時に豊臣・徳川両家の関係を好転するため豊臣秀頼(11歳)に嫁し、大阪城に入城。秀頼とは従兄妹にあたる間柄でしたが、夫婦仲は睦まじかったといいます。慶長20年(1615年)19歳の時、大坂夏の陣では、祖父である徳川家康の命により落城する大坂城から救出され、豊臣氏が滅亡後、播州姫路城主本多忠刻に再嫁。寛永3年、忠刻の死により江戸へ帰り、30歳にして落飾し天樹院と号し、寛文6年、69歳の逝去。

初姫

秀忠と江の四女初姫は、小浜藩主・京極忠高の正室で、法名は興安院。
忠高とは又従兄妹、徳川家光は弟にあたります。
江戸城西の丸で誕生し、慶長11年(1606年)7月に若狭小浜藩主の京極忠高の元へ嫁ぎます。江の姉・初と京極忠高の間には実子がなかったため、江の生んだ初姫を養女として忠高と娶わせることで、徳川家と姻戚関係を結ぶと共に、京極家での初の立場をも安泰なものにするという政略だったとも、また一説には、江が伏見で女児を出産すると、祝いに訪れた初がその場で京極家の嫁に迎えたいと懇願し、江が同意すると初はそのまま初姫と名づけたこの子を連れて帰ってしまったとも伝えられています。忠高との間に子供はなく、夫婦仲は悪かったといいます。
寛永7年(1630年)29歳で病没。
葬儀は伝通院で行われたのですが、細川忠興が息子・忠利に送った手紙によると、初姫の臨終の時、夫・忠高はそれを無視して相撲見物に興じていたことから、京極氏は葬儀への立ち会いすら秀忠や弟の家光に許可されなかったそうです。

※初姫の墓の画像は撮り逃してしまいました(;O;)

亀松の墓

家光と側室・おまさとの間に生まれましたが、4歳で死去。法名は月渓院
おまさは、家光の世継ぎを生ませるために、家光の乳母・春日局の計らいによって大奥へ入ったといいます。

伝通院6 亀松の墓

孝子の方の墓
伝通院8 孝子の墓

伝通院7 孝子の墓

三代将軍・徳川家光の正室で、法名は本理院
鷹司 孝子(たかつかさ たかこ)は、関白左大臣・鷹司信房卿の娘で、慶長7年、京都に生まれました。
元和9年(1623年)家光が征夷大将軍宣下を受けるための上洛中に江戸へ下り、江の猶子となる。寛永2年(1625)24歳の時、家光と婚礼、御台所(正室)となります。
家光との仲は結婚当初から非常に険悪で、結婚後程なくして事実上家光から離縁され、大奥から追放されてしまいます。称号を「御台所」から「中の丸様(中の丸殿)」と変えられ、吹上の広芝に設けられた邸宅で長期に渡る軟禁生活を送らされるなど、家光の在世中は冷遇され続けたといいます。
慶安4年(1651年)の家光の没後、落飾して本理院となり、延宝2年(1674年)に死去、享年73。


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Comment

NoTitle 

おはようございます。
江戸に眠る千姫のお墓ですか。
よほどお好きな人でないと、
寄りつけないでしょうし知らない。
こんなところもあるという事教えていただいて、
それは感謝でしょうから・・。きょうも、
健やかにお願いします。🤩
  • posted by マーチャン 
  • URL 
  • 2023.11/23 06:57分 
  • [Edit]

こんばんは 

こんばんは。
ここはたぶんですが、行ったことがあります。
小石川植物園のそばでしたよね。
以前はこの辺りまで自転車で良く行きました。
その時にいろいろ回りましたね。
ただし、このような内容は全く知らずです。
  • posted by 自転車親父 
  • URL 
  • 2023.11/23 19:34分 
  • [Edit]

NoTitle 

千姫という人も
数奇な運命を辿った女性ですよねぇ。

ま、母親の江も
時代に翻弄された女性でしたが。

応援ぽち
  • posted by よっちん 
  • URL 
  • 2023.11/23 19:45分 
  • [Edit]

NoTitle 

ここに、よく聞く千姫らのお墓があるのですね。
応援ぽち2.
  • posted by みかん農家 
  • URL 
  • 2023.11/23 20:38分 
  • [Edit]

皆様へ 

こんばんは!
今日もコメントありがとうございました。

伝通院は、二度ほど訪ねました。一度目は、東日本大震災の影響で、墓石が境内に転がっている状況でした。それで、数年してから再度お参りしたのがこの時です。
於大様も千姫も時代に翻弄された女性たちでしたが、ここでは安らかに眠っていて欲しいです。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2023.11/23 22:59分 
  • [Edit]

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