大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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頼朝の旗揚げ(2)土肥実平夫妻の像

JR湯河原駅周辺は、かつて土肥実平が屋敷を構えた地で、今でも「土肥」の地名が残されています。

実平は、治承4(1180)年、源頼朝の挙兵に参加。
石橋山の敗戦の際には機転をきかせて頼朝の危機を救い、安房国(千葉県)への脱出に成功しました。

駅前広場には土肥実平夫妻の像が立っています。

土肥実平夫妻の像

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土肥寛平公は中世日本史に活躍した郷土の武将である。治承4年(1180年)に源頼朝公伊豆に興るや、いち早くこれを援け、石橋山合戦には、土肥杉山にその危急を救い、鎌倉幕府草創に当たっては、軍監、追捕使、宿老として多くの功績を残した。公はまた領民を慰撫しその敬慕を受けたことは、全国諸所に残る墳墓、伝説がこれを物語っている。公の夫人は民や農民に姿を変えて敵を欺き、杉山に潜む頼朝主従に食料を運び消息を伝えるなど、その”心さかさかしき(源平盛衰記)は武人の妻の鏡として後世にまでたたえられている”ここに、源頼朝旗揚げより800年を迎え、土肥会創設50周年を併せ、記念として公並び公銅像建立実行委員会を結成し、町内外の有志の協賛を得て、その館跡、御庭平の地にこの銅像を建立したものである。

土肥氏館跡碑

頼朝挙兵780年を記念して建てられました。

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「源頼朝が覇業を天下に成したるは治承四年(1180)八月その掘起にあたり湖西における筥根外輪山南麓の嶺溪土肥椙山々中の巌窟など複雑なる地利と此の地の豪族土肥實平等一族竝びに行實坊・永實坊・僧純海など志し源家に寄せたる人の和と天運による
石橋山の挙兵地・山中の合戦場・椙山隠潜の巌窟(源平盛衰記に謂う「ししどの岩屋」)・小道の地蔵堂・安房を指して解纜した真鶴崎などまさに千載画期の史跡である
茲に挙兵七百八十年を記念して土肥氏館阯に碑を建立するにあたり文を需めらる仍って誌す」

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