大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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新選組史跡めぐり(2)新選組屯所跡・八木邸

壬生寺の北隣にある「新選組屯所跡」へ

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屯所跡とは、新選組が西本願寺へ移るまで本拠地としていた八木邸のことで、母屋も長屋もそのまま残されています。

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隊士腰掛の石

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芹沢鴨が暗殺された部屋で、ガイドさんの話を聞くことに。

ここでもまた別の修学旅行生と一緒でした

説明の時間は30分ぐらいあったかな?

なんだか人が殺された部屋に長居するのは嫌な気分でした。

説明の後、屋敷内を一巡り。

暗殺事件の際、ついたという刀傷がリアルに残っていました。

新選組壬生屯所跡の見学後は、屯所跡に隣接された
京都鶴屋・鶴寿庵に案内され、お抹茶と屯所餅をいただきました。
(これは見学料に含まれています)

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こちらは八木家の子孫が営んでいる和菓子屋さんです。

八木家とは
八木 源之丞(やぎ げんのじょう、1814年(文化11年) - 1903年(明治36年)12月21日)は、幕末の山城国葛野郡壬生村の富裕郷士。八木家10代目当主。源之丞は通称。諱は応迅(まさはや)であり八木応迅といい、本姓は日下部氏であることから朝臣としての正式な名のりは日下部応迅(くさかべの まさはや)。
壬生郷士の八木家9代目八木応乗(やぎ まさのり)の長男として生まれる。
天保7年(1836年)、父が他界。23歳で八木家を継ぐ。
文久3年(1863年)、浪士組が江戸より上洛して八木家を宿の一つとする。その宿泊メンバーが、芹沢鴨、近藤勇、土方歳三などであり、後に壬生浪士組を結成。次いで新選組となる。
新選組が結成されてからも、八木家は屯所として使われ、屯所が西本願寺に移る際には、土方歳三が隊士達を連れて挨拶廻りに来たと言う。
明治36年、死去。享年90。
昭和初期、子母澤寛の取材によって、息子・為三郎が父の遺談を伝え、子母澤寛著『新選組遺聞』に収められた。
八木家は今日でも現存し、芹沢鴨暗殺事件の時に付けられたとされる刀の斬跡などが柱などに残っている。(Wikipediaより)

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屯所餅は屯所跡に因んだお菓子で、餅の中には粒餡と
細かく刻まれた京野菜の壬生菜が入っています。

屯所餅について⇒コチラ

壬生菜が入っていると聞かなければ、野菜の味が
するわけではないので食べても気付かないくらいです。
これなら野菜嫌いの人でも知らず知らずのうちに
食べてしまいそう。

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