大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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大歳神社(2)義経の勝守

またここは、義経が必勝祈願をした地に建てられたという神社で有名です。

義経は有明山に富士の小松を植え、富士浅間の大歳神を祀り、弓矢を神前に捧げた。その後、祈念を注いだ桑の弓矢を平知盛の率いる平家軍に射込んだために、驚いた平家軍は壇ノ浦に進んだが、源範頼軍と義経軍との挟み撃ちに合い、滅亡したという。(大歳神社の由緒より)

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寿永四年(一一八五年)、平家追討の任を受けた源義経は、壇之浦の合戦に望んで、己が武運の守護と頼む富士浅間の大神の神助を請い、敵の陣小戸を隔て呎尺の間にある有明山の山麓に小松(富士川の合戦以来担いできた「富士の小松」)を植え、篝火を焚き、七日七夜の斎戒を修め、戦捷祈願をした。その後、神前に捧げた桑の弓を以て、開戦矢文を対岸の平家の布陣に射込んだ。平家統師の知盛はこれに驚き壇之浦に軍船を進めた。壇之浦には範頼の部隊が待機しており、義経軍との挟み撃ちに合い、敢えなく平家は滅亡したと伝えられる。
翌文治二年(一一八六)に、付近の漁民が神司を祀ったのが、大歳神社の起源と伝われる。武運長久の神としてのご神威は年を追って光輝き文久三年(一八六三)騎兵隊の発足に際し、高杉晋作は旗揚げの旗を大歳神社に奉納、また白石正一郎は攘夷必勝を祈請して大鳥居を奉納した。明治七年(一八七四)、村社に列せられる。昭和十五年(一九四〇)、関門鉄道トンネル工事の際、社地は鉄道線路敷地に接収され現在の小山に遷座された。
(案内板より)

義経をモチーフにした必勝勝守(かちまもり)を買いました。

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コメント

大歳神社! 

大歳神社はmustで参観に行かねばならない所ですね!

四方さんへ 

次回、下関に行ったら、駅の近くですのでぜひお参りしてくださいね!

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