大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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松平容保生誕の地・美濃高須藩上屋敷(2)

この神社から案内板に沿って歩いて行くと、津の守弁財天と策の池(むちのいけ)があります。

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徳川家康がタカ狩りの時近くにあった井戸水で策を洗ったので策の井戸と呼ぶとか。

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   策の池

江戸時代の古書「紫の一本(ひともと)」によれば徳川家康がタカ狩りの時近くにあった井戸水で策を洗ったので策の井戸と呼び、澄んだこの水が高さ四メートルに及ぶ滝となりこの池に注いでいたので策の池と呼ばれ「十二社の滝」「目黒不動の滝」「王子名主の滝」等と並び江戸八井のひとつとして庶民に愛されていました。天和三年(一六八三年)美濃国高須藩藩主松平摂津の守がこの付近を拝領し上屋敷としましたので庶民から遠のきましたが、約百九十年後の明治五年(一八七二年)時の政府による廃藩置県の発令でこの地が解放され明治七年荒木町として住民の町となりました。
人々は藩主の名を慕い「津の守」と呼び今なお愛称されています。
現在では湧き水は減って池も埋まりこの滝つぼ跡に昔の語り草をわずかに残しています。
古来池のほとりにあった弁天祠を昭和三十一年崇敬者によって現在地に遷座再建し「津之守弁財天」の御神明で町民の守り神としてお祭りし御加護を受けています。

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  高遠小彼岸桜

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荒木町一帯を散歩して、容保の生誕地の雰囲気を味わうことができました。

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Comment

江戸八井のひとつ策の井戸! 

>江戸八井のひとつとして策の井戸は庶民に愛されていました。
300年間に近い江戸時代の歴史はk図多くの史跡を現在に残していますね!
それを丹念に見ていかれるのには本当に感心しています。

NoTitle 

おはようございます。
私なんて旅行に行っても見るのはやはり有名どころばかりで。
しずかさんみたいに、深く見て歩かれるのは、本当にすごいなと思います。
史跡探究を楽しまれる方の、すごく需要なガイドブックですね。
  • posted by YUMI 
  • URL 
  • 2013.05/02 07:02分 
  • [Edit]

四方さんへ 

小さなエリアですが、このような史跡が、今でも町の人たちによってきちんと管理されているおかげで、昔の面影を今に見ることができ、ありがたいことです。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2013.05/02 11:10分 
  • [Edit]

YUMIさんへ 

コメントありがとうございます!

都会へ行っても、やっぱりこのような史跡めぐりがメインとなっています。
わたし、今なんでこんなところうろうろしているのだろう?と不思議に思うことが多々あります(~_~;)

  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2013.05/02 11:12分 
  • [Edit]

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