大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

Entries

広峯神社

姫路市の広峯神社は、奈良時代、吉備真備の進言により造営されました。

広峯(画像:Wikipediaより)

平安時代、都で疫病が流行り、それを治めようと、広峯神社の分霊を京都・祇園の八坂神社に移したところ、疫病が鎮まったといいます。それゆえ、広峯神社は、祇園本社と呼ばれるようになり、祇園祭のルーツも広峯神社にあるそうです。

官兵衛の祖父・黒田重隆は備前・福岡から姫路に移り、広峯神社の御師(おし)が配る神符(おふだ)とともに黒田家秘伝の目薬を売って財をなしました。
広峯神社は、農業の神として、信仰を集めており、御師が配る神符も、虫除けや米の疫病退散など農業に関するものが多かったとか。
御師の活動範囲は広く、御師から得る知識や情報が黒田家に多大な影響を与えたといえるでしょう。
現在も御師屋敷の建物が二軒残っているそうです。



兵庫のお城をめぐるブロガー紀行

FC2ブログランキングに参加しています。
クリックよろしくお願い致します。




にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします!

にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ
にほんブログ村

歴女日記ブログランキングに参加しています。
ご協力お願いしますm(__)m


歴女日記 ブログランキングへ
スポンサーサイト

Comment

NoTitle 

南方仁は、まだいなかったのね~
  • posted by シネマ大好き娘 
  • URL 
  • 2014.01/06 05:51分 
  • [Edit]

NoTitle 

奈良時代ですか。
ずいぶん古い御創建ですね。
吉野真備となっていますが、もしかして吉備真備?
  • posted by YUMI 
  • URL 
  • 2014.01/06 06:49分 
  • [Edit]

広峯神社! 

>『播磨鑑』には「崇神天皇の御代に廣峯山に神籬を建て」とある。天平5年(733年)、唐から帰った吉備真備が都へ戻る途中この地で神威を感じ、それを聖武天皇に報告したことにより、翌天平6年(734年)、白幣山に創建されたのに始まると伝えられる(広島県福山市の素盞嗚神社の社伝によれば吉備真備は備後から勧請したという)ウイキペデアより。

シネマ大好き娘さんへ 

『JIN-仁-』は見てなかったのよ(^_^;)
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2014.01/06 13:39分 
  • [Edit]

YUMIさん、四方さんへ 

誤字でした!(^_^;)
ご指摘ありがとうございますm(__)m
ただ今直しました!
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2014.01/06 13:41分 
  • [Edit]

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

しずか

Author:しずか
毎年の大河ドラマに合わせて旅行、史跡めぐりをしています。

最新記事

最新トラックバック

カテゴリ

光 (3)

FC2カウンター

オンラインカウンター

現在の閲覧者数:

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
167位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
33位
アクセスランキングを見る>>

アクセス解析

右サイドメニュー

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR