大河ドラマに恋して

NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」「真田丸」「花燃ゆ」「軍師官兵衛」「八重の桜」「平清盛」「江」の史跡巡りと歴旅紀行

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蜂須賀小六と秀吉 出会いの像

尾張の愛知郡中村(現在の名古屋市中村区)の農家に生まれた秀吉。
いろいろな仕事を転々とした後、今川義元の家来・松下嘉兵衛の下で奉公したのですが、上手くいかなくなり、その家から出ることとなりました。

尾張に向かう途中、秀吉は岡崎の矢作川(やはぎがわ)の橋で野武士の頭領・蜂須賀正勝(通称:小六)と出会いました。
失意の秀吉は今後、誰のもとに仕えればよいのか小六に尋ねると、小六は「織田信長」と答えました。
その後、秀吉は信長に仕え、小六は秀吉の下で働きました。

しかし、当時の矢作川は架橋されておらず、二人が橋の上で出会ったのは、後世の伝説だという説もあります。
一説では、秀吉が織田氏に仕える以前、秀吉の父・木下弥右衛門が小六の父・蜂須賀正利の配下であった縁で正勝に仕えたといいます。

岡崎の矢作橋には二人の出会いの像が建っています。

20060514_94509.jpg

蜂須賀小六

小六は大永6年(1526年)、蜂須賀正利の長男として蜂須賀城に生まれました。
濃尾国境付近の土豪として木曽川筋の川並衆を掌握。斎藤道三、織田信賢、織田信清、織田信長に仕え、桶狭間の戦いにも参加。
やがて秀吉の家臣となり、墨俣城の築城に川並衆と協力し、越前天筒山城・金ヶ崎城攻め、近江横山城の攻略、および、長島一向一揆攻めで、秀吉に従軍して功績をあげ、秀吉が近江長浜城主となると、長浜領内に所領を与えられました。
上月城攻め、三木城攻め、因幡鳥取城攻めにも従軍して活躍し、その功により龍野城主となります。

備中高松城の水攻めの案や指揮は、官兵衛よりもむしろ小六が主導したともいわれています。



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Comment

蜂須賀小六と秀吉 出会いの像! 

蜂須賀小六と秀吉 出会いの像!
>岡崎の矢作橋には二人の出会いの像が建っています。
良く行ったものですね!感嘆!

四方さんへ 

ここは、9年前ぐらいに岡崎で開催された歴史ウォーキングに参加した際、通りかかって写したものです。
  • posted by しずか 
  • URL 
  • 2014.02/21 13:43分 
  • [Edit]

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